もみの木は倒れて
清水 みどり
もみの木は倒れて
地上から姿を消した
もみの木は長い歳月
家を庇護し
野鳥を育くみ 北風を遮り 空に向かって
どっしりと構えて立っていたのだが
時はもみの木を必要としなくなり
彼は涼しく何処かに
去っていったのだ
賑やかに佳き時代 滔々と流れた慈愛の歳月を
もみの木は記憶している
そして住む人とともに
すべてが雲・霧のように また無常に
流れて移り行く ことにも
賢いもみの木は恨みの一言もなかった
巨きなもみの木は小さな声を
それでも密かに発したのだが
天上の人ひとのほかには誰も
その声を聞き取れるものはなかった
(2005/05/07)
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