オールド・マン

  
               清水 みどり


車に輪だちがあり
舟に潮路があるように
人の後ろにも路がある
忘れかけるその道筋を
しかし天命絶たれる時
ひとは 嵐のようにめまぐるしく激しく
長い長いその路をもう一度 駆け抜けるだろう

老いた人の腕に
何が抱かれるか
老いた人はいま壊れてゆく肉体が
かつて輝かしく 人々を魅了した日日の
栄光の旗の影法師を抱くのか
それとも
母の背で聴いた風の音鳥の歌また
父の腕に高くあげられたとき見た青い空
あるはまた
初めて逢った日の妻の 黒い瞳

さりながら 美わし春の日は
過ぎ去った日々と変わらずにたゆたう
陽炎燃え 緑の若草萌え
空も風も木々のそよぎ鳥の啼く声花の香
なにもかも 自然のみ老いることなく―

静かに横たわり目を閉じて
安らぎにまどろむその慈愛の耳に
誰の声がささやくか 謳うか
ものいわぬその人の
いま やはらかな 耳に

(2005 May)



1.オールド・マン 2.愛加那の島 3.夏蝉 4.空の旅人 5.もみの木は倒れて



       

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