2011年4月〜9月

舞踊『雨の五郎』ほか
 昨日は松竹大歌舞伎西コースの最終日、立川市民会館で観劇しました。
6列中央はこの劇場はちょっと高く、舞台が近くよく見えます。 

 義経千本桜のすしやで、仁左衛門さまの悪ぶりに久々まみえ楽しみました。
でも、主君様母子を守る愛之助さんの小金吾が、 いがみの権太におかねをだまし盗られるわ、クモの子のように現れる追手に 無残に斬られてしまうわ、解ってはいても愛ちゃんの表情が手に取るようにみえて、可哀そうであわや、飛び出して助だちしたくなってしまいました―。

 でも、最初の舞踊「雨の五郎」は堂々と素晴らしかった、ヨカッタ。  衣装、隈取りのせいもあるけれど、顔と体がすこし、愛之助は大きく立派になったように感じました。 来年は不惑、四十歳におなりです。

 よくある悲劇の物語より、単純な私はこんな古典的な衣装の楽しい舞踊なら 毎月でも観たい。 色も形も動きもなにもかも最高です! 

 孝太郎さんの びびびのび〜、もいつもながらで、場内は笑いが渦巻きました。 彼は先日、テレビ番組の『ぶらり途中下車』とかで、モノレールで羽田界隈を案内してくれました。
 歌舞伎役者にならなかったらパイロットになっていたくらいに飛行機好きなのだそうです。  もしパイロットだったら、可愛いお里が見れない、松嶋屋の御曹司でよかったよかった。

 震災で、東と中央のコースは取りやめになったようですが、安い料金でのいいお席、いい歌舞伎が観れて、大満足でした。  9.26(月






祭りの演目
 葛飾の地区祭りで教室からも参加。 ほぼ同じ顔ぶれで今年の演目は、地唄と上方唄の、
『浪花の四季』
『夏はほたる』
『柳やなぎ』
『黒髪』
『京の四季』
『七福神』

 地区の秋祭りは、ホールでは新舞踊、詩吟、手品ほか、賑やかな出し物で満杯、下町は全く皆元気。 この賑やかさの中では、地唄舞は衣装も音も振りも、別世界のようにしずかで、こういう場所で舞うのは...、と参加しない方もいる。 一旦止めたものの要請に先生も折れ、柔軟に参加を決めているとのこと。
 9.25(日)
 





台風
 近年まれにみる巨大台風、浜松から甲府、秩父と通過したので、建物も揺れて気持ち悪かった。 知人の猫たちは、雨戸も閉まる異常な暴風にニャーニャー鳴き続けたそうですが、はなこはお腹をひろげ寝ていた、あの暴風雨の音の中でー、DNAがやはり違うみたい。

 今年は百年後も語り継がれる年らしく、忘れがちの『自然への畏敬』を思い知らされる。 地球の優しさの中で生かされていることを感謝、謙虚に生きたいです。
 十センチほど育ったニガ瓜の蔓は、相当傷みぼろぼろ、ベランダの葉物グリーンはだいぶやせてしまいました。 が、あの嵐の中を紅い萩の花は今が二度目の盛り、柳の様に揺れて折れずに元気、イップマンの言葉を思い出します。

 
生きとし生けるものはすべてたおやかである。
 力の強いものは、いずれ倒れる。


 まあこれは、拳法の極意のことではありますが、いささか気の強い、自分を戒める好きな言葉です。  9.22(木)







初秋
  
雨の降る九月、虫の声、トウモロコシの匂いのはつあき は、一番快適な季節ながら、ことしはなんとも。
 久々出会った人に、スリム化を指摘された。
十年以上前飲み食いは仕事の多さに比例、不健康でしたがいまは180度異なる稽古に励み、食も控えめです。 体重が多いと、総てが鈍重になってしまう感じです。  今年は春から、おうちビールとレッドミート(牛肉)は全く欲しくなくなりました。

 ソフトバンクの秋山監督は、西武時代ホームラン打つとベースを踏み軽〜くバック転をした。 どんなスポーツをしたとしても抜群の運動神経という評判。 野性的な風貌に、今なお体型がいささかも変化していない、監督になるとほとんどはメタボ化するところを、、、見習いたい。
           
                
              
 4キロ台にもどり走り回る    

 ○ルズのグロースでハムの様に、太っていたちんころ姉ちゃんの昔は昔、はなこさんも油分控えめで長生きを目指しています。 でも食欲は旺盛で今朝も、ぶどうパンとチーズを横取り、、雑食です。   籐の床で爪磨ぎも止まずじぶんの尻尾を追って今も真剣に遊ぶ、70代の高齢猫の筈ですが。 9.18(日)

 

                                 
             


あしたば
               

 
去年九月ビルの修繕工事で、ベランダの明日葉を敷地の土に植えそのままに。
 土の上で今年大きく茂ったのを少し摘み、てんぷらにしました―。
 暑い日の揚げ物...、ちとくたびれた姿、でも味はそれなりで。
 
今はなくなったが吉祥寺南口に、割烹『あしたば』という店があり、あしたばを初めて頂いた。 皿にてんぷらは青々と元気に乗っていた。 都立大の歳末のもちつき会にも、当時避難中のお手伝いの三宅島の方たちの料理に出ていたあしたば。 ほろにがい野生の香りは好みです。    9.16(金)






中秋の月
 
九月半ば、高原は夜はかなり涼しくなり月が奇麗になるころ。
 昨日は夜満月がきれいだったけれど、空のうえは涼しくも地上の暑さは酷いものです。 

 今日からの画廊の企画展は「満月展」、初めての参加で変わった人びとに出会った。 その一人34歳の彼女は同じ沿線、夫と30年差がある...親子―。 22歳の若さで、なんで52歳の職業不安定な黄昏のセコハン男と夫婦になろうと決めれたのかしら、男と女は謎だらけ、判らぬ。

 以前同世代で、東京五輪のソ連の女子砲丸投げ、タマラ・プレス、イリナ・プレスを、あれは男かもおとこだろう、と話していてたら一回り若い研究員はそれは競走馬の名か、と真面目に尋ねてきた。 以来トシの差は話の幅が細ると恐怖を感じている私。 
 コツコツ描く素直そうな性格、年齢より若々しいすらっとした美形は、稼がずの頑固夫を抱えても明るい、結構なことだ。 でももし私が母の身と考えれば、やはりー。   9.13(火)






節電
            

 節電に待機電力を減らせれるかとタップを取り替えた、元コンセントはそのままでないと面倒すぎ。  かみなりガードもついているカラーのエレコム製です。 主3か所に付け替えました。 普通のより割高でも、長い目で見てOK(コンセントカバーがあるともっといいな)。

 大型店で歩き回って探しても、こういうマイナーのものは置いてない。 ウェブで探すと小品もいろいろ見つかり便利です。 でも買い過ぎないようにしなくてはね。 9.8(木)






水の害
 
東も西も今年は家を失い家族を失い、試練を受ける気の毒な巡り合わせの人が増えている。 災害はよそのことと思っていたのに、と言った被災者もいて、これまで何百年も平和だったところが、いきなり自然の力に負けてしまって途方に暮れているのです。
 いろいろな天災の年があったけれど、今年はあまりに悲惨な映像ばかりで気が沈んだままです。 何処に住んでも気がかりは多いが特に、海沿いと谷あい、川の近くはこれから国は、何かの計画が必要になる?
 もしやこれまで住んではいけないところに、集落を作ってきていたのだろうかしら。 狭い日本、これからどうすればいいのだろう。 奈良県十津川村は、過去の災害で北海道の広い所に移転した人たちがいたのね―。


          
    
 旧盆のお迎えの十三仏さま        盛夏のなごり

 嵐のあと、やっと涼しい風が少し吹いて虫の声も聞こえているが、まだ、冷房機は稼働し暑さの中です。。
 この夏はただお稽古などを重ね、暑さにモ―ローと過ぎて唯一、演舞場近くのおすしやさん(びっくり寿司はやめて)で、とろけそうなマグロをいただいただけの年まわりだった。 台風で、めったにないドライブの楽しみも延期となるー。  9.6(火)
  






芸能花舞台と日本の芸能

 花舞台が終わってしまって、とてもがっかりでしたが、やっと金曜夜に 新しい「日本の芸能」を観るのが定着。
 でも金曜夜ってのは、しみじみテレビを見る時間でもなくて、 日曜夜11:30分、のほうがヨカッタ。

 昨日金曜夜、仁左衛門様と孫、千之助くんの連獅子をみました。 しばらくぶりの千之助はすっかり少年化、小さな体で毛ぶりも決まっている。
 獅子の毛ぶりは、愛之助・松緑バージョンが一番よかった、数えて90回。 この見ごたえは30代の若者なればこそ、感動しました。  でも、松嶋屋さんもさらに世代交代潜行ちゅう、めでたいです。 

 新しいEテレの「日本の芸能」は、今風になってそれはいいけれど、 わたしはやはり、中川緑アナらの司会の、「芸能花舞台」が懐かしいー。

 上方舞競演での、若先生と愛ちゃん、扇性さんの録画ビデオは大切にします。   9.3(土)





涼風吹かず南国のよう
 古めのテレビはアナログ放送が2015年まで見えるそうです。 デジタル対応のテレビが出遅れている家を守るためだそうだ。
 購入6年目でデジタル画面が見えなくなり、アナログだとどうも具合が悪く修理したが今のは十年もたないのかしら。。。 
 地震の揺れで落下もしたし、部屋は暑い。 熱で受信基盤が溶けたりわれたりもするそうだが、最近のものは賢くなった分短命にもなったかも。 30年も生きるなら、一体あと何回、テレビなど買い変えるのでしょか〜。 パソコン一体型でビデオが見れれば、エコノミーでシンプルになるのですけどね―。    9.2(金)    




暑い九月もの思う九月
 
今日からパソコンでもNHKラジオがほぼ聴けそうです。 あとは、パソコンに強力な充電池が欲しいことです。
 防災の日、ラジオの力の大きさを朝から流している。大災害のあと、これまで軽んじられていたものが見直されてきたのはいいことですね。 大雪で帰宅困難になった時以来、小さなラジオは携帯することにしました。 今は外出時に、飴だの水だのと、他にもあれこれ持たねばならなくなって仕舞いました。 
 自然の中でのニンゲの非力さ、政治の永遠の未完さにもう、どうにでもなれ、ありんこと同じ位の命さ、の気分になる時があるけれど、30年位はたぶん生きそうな気がする、平和に生き続けるのは、ほんとに大変なことです。   9月1日(木)






新総理
 国民総選挙で、総理大臣を選ぶ国にいつの日かはなりたい。
 児玉氏の様な愛国の学者の声を受け止める、厳しくも広い心の人が、新総理に選ばれてほしいと願うだけです。

「放射線の健康への影響」国会参考人説明より↓

http://www.youtube.com/watch?v=O9sTLQSZfwo&feature=share
 
              8.28(日)



ひとりごと
 遮光カーテンをレースも同じにしたら、二重の遮光で冷房の効きが変わった。  砂漠の土の住いのように窓を塞ぐと、強い日光を遮ることになった。 それでもまだ、本や家具は紫外線の影響は受けるこの空の家。 でもいつか必ず、磁場の安定した土の上に戻りたい。 

 予報では8月より9月の残暑が厳しいようす、今年は息苦しい一年で、旅行などの気分もせず、ひっそりと過ごしそう。   飯館村のドキュメンタリーで、善良で働き者の80を越えた老人が、もう生きて帰れないかもしれない山野に、子孫のための山菜を植えていた。いつかきっと人ののためにはなると。  山も森も見た目にはいつもの、みどり美しい村である...。 

 放射能汚染された祖先の土地を去り、他の土地に移り暮らす辛さを見せず、恨みを忘れ総て受け入れたかのような静かな面ざしが哀しかった。 日本民族は、これほどまでも品性があるー。 御仏様のお慈悲を彼と、村とに、どうか与えてください。

 同じ時間、多局は名も知らぬお笑い芸人たちの虚しい芸を延々とやっていたようだった。
 本来の日本のお笑い芸は、人の心をいやす品格、を備えていてこそ支持されていた。 劣化 を指摘されているテレビ界の、〈悪相の帝王〉などではなく、脇役として美しくふるまっていた。  8.26(金)
 



アーティスト
 
高原の風の中にいる様な、涼しい日が続いていた、ああ幸せ〜。 でも今日はすでにジージーと、蝉が鳴きだし、まだまだ夏は終わらない。涼しいからアイロンがけに励めた、麻の衣服は夏だけのもの。
 演舞場の七之助の踊りは、振り袖の日本の「コッぺリア」、人形の様な振りは初めてで面白かった。 年増の女郎と若い役者の愛の物語、福助・獅童のコンビの『花魁草』にもしくしく泣かせられました。 

 土曜の夜、二週にわたり熊川哲也と市川亀次郎の対談を観る。 亀次郎さん35歳、彼の女形は比類なく可愛く美しいし、役者生命の長い歌舞伎。 比べて、バレエはわびさび抜き、若い肉体の賛歌のような、瞬時の美といえる。 愛之助と同年齢の熊川は、いずれ踊れなくなる日が来る、と強調した。。もうそんなになるのかしら。  跳躍・回転ができなくなり踊れなくなるのは舞台を去るということ。
 スイスのコンクールで、16歳で欧州中を驚嘆させたのは23年前。  26歳で惜しまれながらロイヤルバレエ団のアジア人初めてのプリンシパルを退き、自分のKバレエ団を設立、今度はオーチャドホールの芸術監督になる39歳。

 休日はおおむね外国で過ごすという亀さま、好きな日本は出ずに家で、蚊取り線香焚いていると笑うてっちゃん。 熊川は北海道富良野生まれ、『北の国から』を身近に感じるそうだが、八ヶ岳の広い清里の何処かに、彼の過ごす隠れ家があるのは誰にも内緒らしい―。 
 海外はもう仕事でしか行かないと言う、美しい洋舞の天才が、気取らない道産子の自然児なのがうれしい。。 
 そうだバレエにも行こうおカネはかかっても...、人生は短い。   8.23(火)






発句(夏もよう)
 
残暑お見舞い申し上げます。(*^_^*)


♪ ニガ瓜は 黄なる小花に蔓長し


♪ 盛夏にも 南天 ヒバに松の青


♪ 父の声聞こえるような 松の鉢


♪ ガーデニング 青紫蘇を巻き 鰹食う


♪ 熱帯の 夜に孵化せし黒メダカ


♪ 黒メダカ 魚影の多さにギョッとする


♪ ワレモコウ 立秋の朝につんつんつん


♪ 歳月の かさね 都会の水に染む


♪ 夏扇は 白観世水金霞


♪ 八月の十五日の月 赤い月


                      8.17(水)




陸前高田の松
 どうなるだろうかと、はらはら見守っているだけだった松、三陸海岸のあの再度の松は、千葉・成田山新勝寺さんでのお焚き上げが決まった。    
 表皮を削れば大丈夫、と、盂蘭盆の御霊の送り火に燃やしてくれる関東の不動明王様はやはり寛大でした。 
 成田屋さんもがんばっているでしょうか。 週末は久々の歌舞伎観、みどころは七之助の踊り「櫓のお七」、舞踊は一階がいいけれど、三階で見た後〈びっくり寿司〉にゆくと思う。 チープに纏める非常の夏です。   8.15(月)




やはり立秋
 旧盆入りの朝、ジョロで水撒きしていると大型の黒いとんぼが一匹、ベランダの前を行き交った。 やや、おはよう、お宅のニガウリは山吹みたいに花ばっかりだねえ、と言ったかも、眼が合ったかも。 しばらくしてから燕のようにヒュルリと反転、立ち去って行った。
 これは夏の盛りの夕暮れ、大勢で実家の庭辺りに来た蚊取りとんぼ? 懐かしい。 蝶はたまに来るがとんぼは珍しいね。 害虫を捕獲しながらここまで昇がってきたのは、もしや盆の迎え火に乗って会いに来てくれたご先祖様かしらん。 
 八月半ば旧盆が終わる高原は空にはいつも、アキアカネが群れ飛ぶ―。
 思いがけない小さな秋の証の、蜻蛉でした。
8.14(日)




盛夏とインド
 何をやっても熱中できず能率が悪く、炎のような熱いアスファルトのうえで熱中症かと思う時がある。
 日射で倒れることを昨今熱中症、というが子供のころ〈日熱を引く〉といった。 外へは麦わら帽子をかぶらないと母に叱られた、日熱を引くよ! 帽子は夏と切り離せないがインドでは、帽子はあのネール首相とターバンのシ―ク教徒だけのようで、熱射のなかも、帽子は被らずにいる、暑さに強い。
 だが昼はアラブと同じで首都のデリーでさえ、太陽が高い時は木陰でのんびり昼寝中の姿。 今は異国への好奇心が国内に替わったが暑いばしょが苦手なのに怖いもの見たさか、お尻に肝炎予防の注射を打ちインドには三度行ったのだった。  インドには不思議な魅力は感じてはいるが、行くたび治安悪化、州越えに無駄な時間を多く要するようになった。

 さいご三度目はバンガロールのサイババ村へ。 バンガロールは今、IT産業の中心らしいが、霊能者サイババの聖地なのである。 冬は思ったより寒く、風邪で高熱となりサイババ病院に3日入院したが、歩けるのに担架に乗せられ、木立の庭を病院へ。 見上げる夜空真上に大きなオリオン座が輝いていた。   病院に着くと石の床に、ドンと降ろされ具合が悪くなりそうだった。 大げさに四人で担ぐ担架は、薄い麻の布だけだった(ここで年が明け、ハッピーニューイヤー!と、入れ替わり看にやってくるお医者さんに言われたが、ちっともハッピーではなかったな―。)
 何カ月か前、サイババの死が報じられた。 日本人だけ特別に謁見?があって一緒に行った友人らは、彼はまさに神だというのだが神は、人間の形などしていないと思っている。  ...以上は以前書いた覚えもあるが...なるほどトシ取ると想いで話が多くなる。   インドや中国内陸に関するびっくりの思い出は消えません。    8.10(水)

 




映画「アメイジング・グレイス
 好い映画を観た。

イギリスで「奴隷貿易廃止法」成立200周年を記念して製作された本作。「アメイジング・グレイス」の作詞者であるジョン・ニュートンに師事していた政治家ウィリアム・ウィルバーフォースの、奴隷貿易廃止のための戦いの模様を描いた物語。ジョン・ニュートンはもともと奴隷貿易船の船長をしており、彼の航海の最中、2万人の奴隷が命を落としたという。「アメイジング・グレイス」自体が、ニュートンの悔恨と神への感謝から生まれた詩なのだ。

 神はひとを、総て平等に創られたのだ、と奴隷貿易廃止運動に命をかける若い政治家に対し、奴隷無くしてプランテーションの砂糖やお茶は手に入らぬ、国益を守れ、と豊かさを守りたい老人たちは猛反対する。
 
原発無くして日本経済はどうなるか判っているのか! と、恫喝する人間のいるいまの日本が重なった。
 実在の主人公ウィルバーフォースのような、救世の人が現れるのなら世は捨てた物でないけれど、日本は大きすぎる問題を抱えてしまった。。  8.6(土)





夏の休み

   
縁かいな(俗曲)
   
  夏の涼みは両国の
  出船 入船 屋形船
  上がる流星 星下り
  玉屋がとりもつ 縁かいな

    二人暑さを川風に
    流す 浮き名の 涼み船
    会わす調子の爪弾きは
    水ももらさぬ 縁かいな 



        

           
一日のうち23時間は寝てる

 やっと八月にはいり蝉の声が聞こえてきた。。 涼しい日も交じるが、年々夏は長い気がする。 ここもお休みしたいが、自分のリズムとして続けてみよう。
 盛夏も稽古事は休みなし、ウナギも新さんまも高価だけれど夏のスタミナには必要です。  8.1(月)





さようなら、SANYO
 
30日の日経新聞WEB版、スペシャルリポートで読んだ記事

三洋電機の解体が完了した。

 7月28日、同社は洗濯機、冷蔵庫の白物家電事業を中国家電大手の海爾集団(ハイアール)に売却すると発表した。既に金融子会社も、携帯電話、半導体事業も売却した。祖業の白物家電の売却で、三洋電機は日本の電機産業の歴史から姿を消すことになる。

 「何でこんなことに」

 白物家電の売却が報じられたこの日、三洋電機のあるOBは受話器の向こうでつぶやいた。財務危機が表面化した2005年以来、出資を仰いだ金融機関に振り回され、パナソニックの傘下に入った後も厳しいリストラが続いた。翻弄され続けた果てに、白物家電部門はかつて「格下」と見ていた中国メーカーに売り渡される。

 三洋電機やパナソニックの経営陣は「それでも雇用は守った」と言う。だが現場社員の気持ちは複雑だ。


 
三洋電機では吸収合併に嫌悪しても、親会社のパナなら安心、と思って来たというが、パナソニックはサンヨーの電池部門だけに興味があったらしい。 無慈悲に大が小を食うの構図を見るのは気分がよくないもの。 日本のベストの時代はだんだん消えていくように感じるひとつ。
 我が身を守るためには、日本人の知恵の結晶の大切な技術を、モラルの違い過ぎる国に簡単に売り渡す、そういう団体は因果応報、この厳しい時代を生き延びれるかしらとふと思った。

 長いこと有難う、庶民のための三洋電機、エネル―プはもちろん、扇風機、ラジカセも元気、便利に使わせてもらっています。   7.30(土)





小さい秋みつけた?
 
先日朝、ラジオから涼しげな歌が流れ天気の三カ月予想があった。  八月は去年ほどの猛暑ではないらしい、でも九月残暑が厳しいという。 小さい秋にはならないようす。 

 母を詠う詩人サトウ・ハチローの詩はどれもいいが、この「小さい秋―」は、主にボニ―・ジャックスが歌った歌。 ダーク・ダックスはコンサバかメンバー入れ替えしないが、ボニ―さんは柔軟に欠けたら補充し、メインは変わらないが四人のコーラスを続けているらしい。 「モズが枯れ木で」ほか、日本の四季の抒情歌は懐かしい。
 ダークさんからは、美しい調べのロシア民謡を沢山教わった。 このため侵略の恐怖、悪徳ソ連の印象も変わったのでした。 
 去年か、ダークさんのメンバーの高見沢さんがなくなったと、新聞が報じて、知りました―。    7.29(金)





古い映画
 
ビデオ撮りした貴重品の一つは、1960年度大映映画の「ぼんち」。 テレビでの市川雷蔵フェアのときの1993年放映、初めてビデオデッキを買ったので、嬉しくて熱中したものです。 

 大阪は船場の老舗足袋屋の跡取り息子、ぼん をめぐる女性たちが生き生きと素晴らしい、というか、まあ恐ろしいというか、たくましい。 台詞の一つ一つまでに商い人の家のしきたり、その残酷さも、終わり方も、映画最盛期の心意気がみえる。 今はたぶん消え去った気働きのある日本女性の美がちりばめられている。 
 戦争を越えなにかしょぼくれる男と、なお生き生き仲良く元気に生きてゆく女たち―。 うまく書かれた出色のドラマなのです。

 祖母 毛利菊枝、母 山田五十鈴、この二人に苛められ追いだされる妻 中村玉緒、第一の愛人 若尾文子、第二 越路吹雪、第三は草笛光子、ザ・ラストがグランプリ女優 京 マチ子である、すご〜い。 無視され早逝する可哀想な番頭あがりの父に、船越英二。 子息船越栄一郎にちっとも似ない?美男顔です。 
 ここで若くぴちぴちの若尾文子は、いまも白犬家の凛とした母になって、CMで存在感を見せています。 
 個性あふれる女優さんたちの美しさは、東映城のお姫様女優とまた違い、オトナの世界だ。 50年以上前はまだ子供で、ちっともわからなかった。 
 今これらの女優さんたちの着こなしを見るうち憧れも極まり、?うう、同じ日本の女だ、何が違うの、負けへんで”と、視るたび無謀な考えが湧きおこるのでした。。  7.25(月) 
 




アナログTV放映終わり
 テレビの地デジ化は早くにしていたが、VHS・DVDデッキはデジタルに対応していない。 でここ毎晩、録画した主なものを見納めしていたが、まだ見えてしかも、画質も向上している。 アナログで撮ったものは見れても録画はもう出来ないと思うが、もしや明日になるともうアナログ撮りのは見えないかもしれない。 
 この世界には疎く、ビデオは観れなくなるかとしょぼしょぼ気落ちしていた。。 二十年間の澱、古い葡萄酒の瓶の底に溜っているあのオリのように、録画もたまったが大切なもが多い―。
 片岡愛之助初お目見え「新撰組―土方歳三最期の一日」、ミラノの荒川静香選手、「トゥ―ランドット」の滑り、これらはもう五年も前のこと。 
 縁あって五年の間に出会った人、会わなくなった人、周りの人も私もすこしずつ変化。 録画ビデオを見ると、その当時にふと戻り、いろいろ思い浮かぶ、思い出には蓋はできない、―困ったわ。  7.24(日)
 




涼しい日
 
涼しい、ということは何よりのご馳走です。
 昨日は高原の風のような涼風がが一日そよぎ、快適でした。  台風の被害地にはすみませんが、これは台風のおかげ、暑さが一服できました。 
 夏は、暑い、暑くても、広い地面と豊かな木立と頻繁な夕立ちがあれば季節の楽しみを感じられるけれど都市では、もう夢の夢。 それでも都会に住まなければならないのはなんともはや―。 

 なでしこの名前には、懐かしい幼馴染の高原の原っぱが浮かぶ。 キスゲに女郎花、桔梗、入道雲と蝶ちょ。 でも、少し反省していることがある。 この先何十年もあるのに、周りを見るとどうも思い出話、あのころはヨカッタ、の合唱が多過ぎるような―。 それで、昔のことをほじくるばかりでは、と、嫌気さしてしまう人もいる、解かるわ。

 たくさん生きると疲れも出てくる。 思い出も多いからなぞってモノを書くもいい、心地よい思い出に浸るもいいがこれからもいつも熱中時代志向、ガンバらにゃあ。 7.22(金)





おめでとう国のほまれ
 エアコンの省パワー29℃でぐっすり眠り、起きたらラジオはナデシコの勝利で大騒ぎ。。勝ったのでした!ヨカッタ。 澤選手の、ほまれさん、というファーストネームもいい。
 自分は(日本は)何かある、日本人は、持っている、と言ったイチローや斎藤の顔もふと浮かぶ。
 小さくてかわいいなでしこの花、もうだめかも、と思わせながらも力を注ぎ、PKにまでもちこみ粘りで逆転勝利を導いたようです。 倒れながら止めたキーパーの、あの右足にすっかり感動です。 しかも彼女らは、泣かない、男子のように号泣しない、素敵だ、素敵すぎる〜強く自然体の高原の花たち!

 希望 は誘い水で蘇る。日本女子サッカーの神様、ありがとうこれから日本はなんでも早く立ち直れるかもしれない。 この長いどん底状態も、徐々に好いほうに、変化してくれる気がするのです。

 昨夜の関東は、台風の風にチリが消え秋のような月が丸く冴えていた。  とても奇麗で、眠るのが惜しい静かで美しい珍しい夜でした―。  7.18(月)
 




北国のラベンダー
 
この季節の北海道旅行で、富良野のラベンダーを一束買ってきたことがある。 長距離バスの中で、心地よい香りが楽しかった。 生協でも扱ってくれたので注文したら、半分以上の花が落ちて箱の中にこぼれて溜まっていた。 香は残っているがこの姿は、ちょっと可哀想―。

 あの広い畑で摘まれ車に乗せられ、空港で何らかのクールな方法で保存、羽田に到着したのは昨日かな。 熱風の道路を車で運ばれ多摩地区の生協で仕分けされて、また車でやっと欲しい人の家に届いたラベンダーの花です。

 こぼれた紫の小粒を集めて乾かし、ポプリもし楽しめそう。 都会の夏の店頭でこの花束はもうない貴重品です。

 涼しい匂いがするラベンダー、北国からの来客は遮光カーテンの室内で落ち着いた様子、真夏の長旅お疲れさま。 7.13(水)





仏のこころ
 
大震災から4月め、寒かった日々は暑さと闘う夏に替わった。
 日本人は祈りを忘れた、と悲しみ、日本の寺の無関心さ、ふがいなさを罵ったが、目に見えないところで仏教の僧侶たちはそれなりに活動していた。 短慮をお許しくください。 蓮のきれいな寺、笠岡市の僧侶さんのブログ発見。  

 これまでは、報道で知る限りのことで想像するだけだった当時の様々のことが、最近になり普通の人々の視線で徐々に明らかにされている。 あの当時の想像を絶する出来事が、もっと詳細に判ってきて、悲しみがまた深まりそう。  7.11(月)




カレンダーを眺めて
 
これから三か月、暑さとのお付き合いが始まった。 もう嫌がらずに、共存の境地で過ごすことです―(強がり)。
 元気な夏の花は白い百合、向日葵ほか楽しみはあるし、百日草も何処かで会えるだろうし。 百合は暑さに強く、薔薇以上に香りが魅惑的だ。
 なんとも暑い日の土曜、ほこ天にぎわうギンザの裏通り、友だちの個展に行く。 この季節は画廊は借りやすい値段もあり、来週も個展が続いてる。 渡世の義理?でもあるが、やはり何をやっているか知りたくて、稽古の後上野経由で訪問した。
 韓国の手漉き厚紙にパステル・水彩・テンペラ、と総動員の抽象画、壁にピン止めできるから悩みのタネの額縁もいらない。 ダイナミックな青色系はのびのびして涼しく、宇宙的だった。 

 松屋の裏の野草専門の花屋を覗くと、白い桔梗が沢山あってほしかったが着物なので、一旦諦めました。 夏の着物は着るときだけ体力はいるが、脇や背中から風が通り、傍目より涼しい、草履歩きは楽ちん。 洋服にも、体と足のためにはのびのび草履が絶対いいと思うなあ。。外反母趾にならないし。   7.10(日)
  




お不動さんのあじさい
 
今年は早めに行ったので、先月のアジサイは7半分咲き。 ...写真の構図がいまいち、でも記録に。  高幡不動さんで何時ものお焚き上げをしてもらい、今年の夏の無事をおねがいしました。 

          


 
今週はお稽古が二つあるせいか、一週間がとても速い、早く夏が終わって、涼風の季節にとび級して欲しい、ものですが。   7.8(金)





たなばた

 七夕は大抵梅雨時なので晴れの夜は少ない。今年もこの日は雨の様です、昨日までと違う曇天でも湿気で不快な感じ。

 七夕に願いをかける風習がある。 天上に居る牽牛と織り姫の再会に何かの力を感じてきたのだが、叶わぬ願い、というものは古来から人は何時も持っていたもの。。

 叶わぬものを、念力、観音力、で叶えさせることは仏への他力本願だが、今は念力でなんとかしにゃならぬ、と思うことばかり。  世の中は呆れることばかりだけれど、悲観論者にはなりたくない―。   7.7(木)




汗腺のこと

 生まれつき汗の穴が少ない、暑さに弱いと信じてきました。 それが、最近知るところでは汗腺は筋肉の様に鍛えられるのですって、エ―ッ! 

 汗をかくのは体温調節のため大切、冷房の中にいて汗を抑えていると、だんだん汗腺が弱くなり、汗が出難くなり、ねばねばの汗になり、ひいては熱中症になるのだとか。
 夏は嫌いでなくも、都会に住むと体質に合わない季節なので夏は外出も少なく、人にもできれば会わずいたいと気力も何も消極的、冬眠ならぬ、夏眠になる。 それにねばねば汗のにおいはどこでも気持ち悪ろし。 
 でもなるべくパラソルさし外に行こう。 徘徊?は困る、彷徨するということで。 汗をいっぱい流して汗線鍛え、きれいな汗を流すようになりたい。  
 恐ろしい災害が新知識・発展的経験をいざなうこともある。。  7.6(水)




夏仕様
 眠る部屋を替え、夏敷布団に変えたせいか自然に早起き。 たっぷり水まきすると水滴が光り植物も嬉しげ。  7月に入る前から気温がたかく、夏はいきなりやってきて悩ませらる。 この季節が嫌いなのではなく、アスファルトとコンクリートが嫌い、そこに籠る熱が体を苦しめて途方に暮れるだけ。

 クマンバチがしつこくやってきてホバーリング、覗きこんで?去ろうとしない。 可愛いミツバチやアゲハは、遊んだ後は即舞い降りていく。  以前足長蜂が巣を作りだし困ったことがあるので、気合を入れきんちょーるジェットを噴射直撃すると、ひっくり返りながら壁に当たり、大変慌てたように去って行った。 虫の付くトシではないが。 7.3(日)
 





こきりこ節
 
  
♪1こきりこの竹は7寸五分じゃ
   長いは袖のかなかいじゃ
   窓のさんさはデデレコデン
   はれのさんさもデデレコデン


  ♪2向かいの山で啼くひよどりは
   啼いては下がり 啼いては上がり
    朝草刈りの目をば覚ます
    朝草刈りの目を覚ます
   窓のさんさはデデレコデン
   はれのさんさもデデレコデン


 
北陸の越中富山にはおわら節にこきりこ節がある。 日本じゅうに沢山ある民謡は民の生活の歌です。 日本人は穏やかに長い間、平和に暮らしてきたのに―。

 
癒しのようなこれらのメロデイが好きになる年齢か、月二回、市民邦楽教室に行って三味線の伴奏で唄う楽しみ、五月から。  7月1日(金)





 被災から100日以上、テレビに映る豚舎内で餓死したたくさんの、豚たちの姿に涙ぐむ。
 お腹はへって、喉が渇いて、つらかったろうね。 飼い主が野に放った者らは、草を食べてさまよっているが豚舎に繋がれたままのものらはほとんどが、助け合うかのように隅っこに折り重なり、死んでいる。
 何処かにあったスポンジを食い散らして、飢えをしのいだ子もいる。

 誰も来ない、何ももらえないのも何でか判らずに痩せ細り、でもついこの間まで、なんとか生き抜いてはいたように見えた。 
 都会育ちのエリート政治家たちは、安楽死をすぐ口にする。
 でも養豚農家の主人は、『家族だから、安楽死は認められん』ときっぱり言う―。  怒りと悲しみが伝わって来る切ないニュース画面だった―。 

 ☆神様の贈り物のように、大きなM牧場という牧場主が、放射能汚染の記録のためにも、生き残っている家畜を引き取り育てたいと申し出てくれた。 国にも、この申し出に心動かされた人がいたようで検討したい返答も出た事で、期待します。    6.28(火)
  





JINー仁
 毎週日曜夜に、不思議な気分になるTBSのTVドラマだった。 

 名残惜しい完結編は何か切ない幕切れで、最後に明かされる真実に、大沢たかおの涙ポロポロに貰い泣き、春から緩みっぱなしです。 
 異次元の世界に迷い込むという物語はこれまでもあったようです。 次元が違う、とか言うけれど、そんな世界もあれば、生き方の壁や限界を超えれる、面白いことです。 がやはり、そんなものはいらないな。 ドラマには大概、男女の純粋な愛が絡むとなると、あわれを感じヒトの限界を更に考えてしまい残酷かも。

 でもハラハラドキドキ楽しませてもらいましたが、再来年の大河ドラマに、主演の一人可憐で愛しい女優さん、綾瀬はるなが主演に決定したのがうれしい。〈楽しみにしておりますよ、咲...〉なんちゃって、麻生裕未の母上も武家の女らしく凛々しく優しく素敵だった。  いつも二人の着物の柄、胸元が自然で美しかったです。

 民放の時代劇は、少女ドラマ風でなく武家言葉も硬くてとても気に入っている、これからもがんばってね、東京放送 ティー・ビー・エス。    6.27(月)

 




映画『小川のほとり』
 
前評判の好い愛之助出演の、藤沢周平ドラマが7月初めに封切りされる。 主演は東山紀之ながら、舞うような剣さばきもスクリーンで見れるので楽しみです。。 
 巨人軍のル―キ―澤村投手も愛ちゃんも、大分臼杵の石仏や奈良山田寺の「仏頭」と同じ穏やかなアジア風お顔だち、ほとけ顔、誰かがオカマ?と言ったけどとんでもない、立派に父なのですから。 仏頭の実物大レプリカのほうは武蔵美の図書館にもあります。

 今日はとうとう冷房機運転開始。でも何時も28度℃前後設定、無駄使いがない生活、これ以上節電のしようがない簡素な暮らしの家なのですが、暑いのだけは我慢がむりです。。 

 この暑い日、むかしの同世代上司が近くに来たのでと昼ごはんの誘い、駅ビルのレストラン街でカツオほか茶わん蒸しのヘルシーな和ランチをいただきました、思いがけずご馳走さまでした〜。 
 ところで「馳走になる」、という言葉は釈迦の弟子、俊足の〈韋駄天〉が師の釈迦のため食物を求めて駆け回ったことからの語源らしい。 知らないことがまだ沢山あるが、知らなかったのは私だけかもしれず―(恥)。  6.23(木)




夏至
 
LEDランタンは強力な光で心強いが、使わないでいたいもの。 これには単1が3つ要るが、電池はまだ超品薄で、ネットで二個入り240円と4個パック¥609送料込みを購入。 この値段はネット上で最安のようでもう品切れもあり、全般に法外な値段が多い。  単1は、システムキッチン、冬はストーブほかにも使うため、必需品でも保存はなかった。 まさか電池がなくなるなんて思わないので。 でも国産アルカリ乾電池が手に入り安心。 
 技術大国の豊かといわれた日本で、粗悪な外国産電池やランタンを競って買う日が来たとはー。  被災者を忘れた生徒会並みの小人集団の国会と比べ、あの飯館村の村長さんたち地方の首長さんがたは大人であり、皆の未来の事を考え涙さえ隠さないが、怒りを抑えた彼らの取り乱さない姿こそ日本の誇る男の姿というものです。 
 合併を拒否し、小さくも雄々しく独自性を持って暮らしてきた飯館村の村民と牛と、被災した土地と海、生きもの皆にどうか神の御加護をお願いします。 わたしは一時も東北への感謝は忘れません。 


 ところで、今日は夏至、30℃を超えても冷房は来月からにして、行き倒れ状態。  6.22(水) 

 


猫草など

 もう何日も太陽がみえない雨と曇りの日、郵便局の帰りみちに猫草刈り。
 ビニール袋を持ち、根っこからはぎ取る。 金網フェンスの足元に、猫じゃらしが刈られずに沢山生えているのです。 
 ベランダでは三か所に分けて植える。 はなこの大好きな猫サラダがかなり確保でき安心しました。  しかしこの子らは雑草といわれ、ほんとに強い。 植えた翌日もう水揚げしてふさふさと柔らかな葉っぱをなびかせているのね。 カンカン照りの日だとこうはいかない、梅雨時の行事。
 私のサラダはパセリとバジル。 ほぼ毎朝食べるので、バジルもだんだんに増やしました、ベーコンに添える朝摘みハ―ブ、稽古にゆくT駅前で三分の一のお値段、一株105円でした。。  6.19(日)






 
巨大地震以来入浴は昼、昼の風呂はスパにいったようで快適でも、ラジウムサウナがないのはやはりつまらない。 鴨の親子の来る露天のあった昭島スパは、老朽化して取り壊されました。 一番近いのは深大寺の「ゆかり」か、ちと高い府中の「縄文の湯」です。 
 猫のシャンプーも一緒で、はなさんはいつものように泣きもせず、適温入浴を楽しんでいました。 濡れても、食が旺盛なので立派なおからだです。
 先日はネットでアウトドア用の米国製LEDランタンを購入。 蝋燭より明るく頑丈な作り、緑色のボデイに衝撃を緩めるゴム製足元、急いで安い大陸製を買わないでよかった。 
 
 それにしても、日本列島の地下は変化してしまったのか、甲府でもどうでもいい場所でいきなり湯が湧きだし、源泉が枯れた温泉旅館では難儀しているという。 子供のころの中央本線は 新宿←→糸魚川 の本州の中央高地を各駅停車で直結で走っていた。 ここは中央大地溝帯、フォッサマグナの真上です。  6.14(火)





萩の花
 萩に猪、萩に短冊、萩のカス―。 花札は正月に遊んだものだが、うちの赤い萩は今満開。
 萩は秋の花かと思ったが花札では7月のもの。 
 ちなみに、一月 松、二月 梅、三月 桜、四月は藤、五月 菖蒲、六月 牡丹。 牡丹は寒冷地の実家でも五月の連休に咲くのだけど、この札のできたのは旧暦のころでしょうか。
 八月 芒(坊主)、九月 菊、十月が紅葉、11月は雨に柳で12月は桐。 矢張りいまと少し、花の季節が違うようです。 6.12(日)





薔薇の禅寺
 六月の接心会、坐禅の帰り、禅尼さまがまたおみやげ花束をくださって、有り難く頂きました。
 今は薔薇園のバラのさかりで、つぼみもまだついて、とにかく香りが素晴らしい。  庭から摘まれたオールドローズは、家の中でもまだ香っています―。 

 今回のお経は 正法眼蔵。 漢文の経典の多い中、道元さまの考えでかな文字で書かれている為判り易いです。 なにしろ大きなボリュームですが友人のように私も、定期勉強会に行けるといいのですが遠すぎて。 




 
 紫陽花、山アジサイほか咲き始め、これから雨季の花が盛りになるところです。     6.7(火)





カラオケ

 昨日は肌寒い日でした。 バラを見に友人宅に行ったけれど台風の後、バラは既にさかり過ぎ、でした。 それでカラオケに行き、唄いまくりました。ふたりだと、沢山歌うことになるのです。 
 梅雨に入ると、夏に向かうととりわけ、北国に憧れる...、裕次郎の『恋の町札幌』ミレイの『石狩挽歌』に三浦洸一の『釧路の駅でさようなら』ほか、すっかりくたびれ果て、喉がかれ、最後は『紅孔雀』。 

 くしろ、釧路、がまだ難しくて書けなかったころの歌ですが、何時までも覚えているものです。 いつも背筋のばした素敵な紳士、三浦さんは、子供のころから大好きでした、今もご存命です。 数年前古賀政男記念館でお話を聞きましたが、歌謡曲の歌手というより音楽学校出身の声楽家、教員の様な雰囲気の方でした。  6.1(水)


 


喫茶店
 茶店不足。 国立劇場傍はほとんどないし劇場の中のお茶店、芝居に合わせて閉店したりする。
 先日、赤いお稲荷さんのすぐそばのビル中二階にテーブル席がみえた。 四ツ谷へ帰る路地の近道、赤い鳥居に魅かれて寄ると、あ、お煎茶もある。 窓下に狐も見えお店は広く木製の内装、さくらんぼいっぱいつけた大きい木が天井まで活けてあるし、若い店員らは皆にこにこ奇麗で中高年にやさしい。 劇場からも地下鉄の入り口からもそう遠くない処にオアシスが。。
 お茶を運んで来てくれるのが嬉しい。 劇場近くの混雑した、アメリカ式セルフの店に行かなくてすむ。
 トシとっているし話がはずむと喉が渇くの、ステンレスの差し湯ポット付きの煎茶セット、可愛い陶磁器茶器もたのしいな...。   5.30(月)

 


五耀会公演
ことしは国立劇場の小劇場でした。

 今回も皆目新しく、花柳 基さんが座敷舞に挑戦、若先生とふたりで「浪花十二月」の舞を披露。 いつもの強い武者風の江戸踊りから、なんとも可愛い女舞に変身、 とても綺麗で可憐で、ヨカッタ!  稽古の虫と言われているちゃきちゃき江戸ッ子が、お気張りや〜、ほなまた、と、上方人になりきっていました。 

 蘭黄さんと寿楽さんの漫才その他も、舞踊の会としてはセリフおしゃべりがとても多く賑やか、ヘルメットみたいな歌舞伎と違い、本当の床山さんのかつらがリアルでした。

 五人の楽屋での何気ないおしゃべりを舞台に表し、これを葛西アナがうまくまとめて作品にして、五耀会は年々進化していくようで楽しみです。 花道そばだったので 和服の葛西アナがすっぽんからいきなり出てきたのもびっくり。 

 素踊り、紋付袴姿での箕乃助さんの「傀儡師」は、端正で美しくていうことなしの素晴らしさ、眼福の極み。 日本文化の真髄を表す魂の踊りには本当に心洗われる気がする。 女子供のお稽古ごとや遊びなどではありません。 Sさんと手取り合い?絶賛、もう一度見たい、西川箕乃助流。

 舞踊は、好きでない人には退屈かもしれないが、この楽しい舞踊会の公演を、一度観ればきっと多くは好きになるかもしれないです。27日。 5.28(土)








アナログ

 災害の後、ラジオや自転車など昔のものがが見直されているようです。 3.11後、私も反省することが多々...。
 
 何でも電気に頼る、という生き方は徐々に見直されるといいと思う。 箒で室内を掃くと、吸いきれない奥の隅の猫毛がよく取れると感動しているこの頃。
 こんな本があったので買い求めたが、内部の写真がすこしちいさいがアツ、と思いだすものばかり。。 体はまめに動かしたほうが健康にもいい。
 

      

 何処かにまだこんな人、こんな家事をする家があるでしょうか―あるといいな、失いたくない「日本家屋」のたたずまいですが。 5.26(木)




骨密度の測定

 稽古の帰り一階の「葛飾看護フェア」で、心臓マッサージをみていたら、骨密度をはかりましょうといわれて見てもらうことに。 なにしろ骨密度を調べるのは初めて―。
 足袋をぬいで素足のくるぶしで超音波測定してもらう、おもったよりも簡単だ。 結果は若年者並みの正常値、というのでひと安心でもこんごも油断はできない。 
 40歳ごろから骨はいきなり弱くなるというが、運動と日光が食物と同じく影響があるそうです。
 運動量は減ったが、遠出は多め、駅ではエスカレーターもまだ止まったままが多く神田の駅では、ずっと鎖止めのまま二カ月以上。
     
       
                   小雨の朝

 問題のカルシウムは粗食のほうが摂り易そう。 選んでいるわけでなく、凍み豆腐や小魚、乳製品にわかめなど、日本食がもともと好きなのだ。 高野ワールドれすとらん、など行っていたのは遥か昔、美味しいかどうかより、好奇心に押され若さで食べてきたこと。 でも、香味野菜にチーズたっぷりのイタリアンは、やはり美味しいな。      5.23(月) 
 






亀次郎さんの歌舞伎
 
濱町公園そばにある明治座に歌舞伎観。 出し物のひとつは『義経千本桜 川連法眼館』 狐忠信の亀次郎さんは声と言い振りと言い、押しが強く、今を盛りの役者さん。 この人はテレビよりやはり舞台が、より生き生きしている。
 それに、観ていてこれだけ安定感と信頼感のある役者はあまりいない。 ドキドキすることなく絶対の舞台を感じる数少ない一人。
 悲劇でもユーモアを感じさせ、自分こそ一番、と信じている風情は納得の演技、木戸銭分はいつも楽しんで帰れる。
 今日は三階の目の前を滑車で、真白い狐となって宙を泳ぎ笑みを浮かべ去っていきました。 会場に舞う花吹雪、拍手喝采―手を振ろか。 本日は撮影のカメラ入り、下にはアミも張ってなくて、役者はいつも命がけです。
 歌舞伎界きっての眼力のインテリ、理性もあり、飲んで乱れることもないという亀次郎さん。

 日本人はどの分野でも個性豊かで優秀だ。 イチロー選手と亀次郎さんには近未来、是非とも、日本国の内閣総理大臣になってもらいたい。 何でもいいから?頼れる人が欲しい日本。  5.20(金)





端唄名曲集
 
小唄、端唄、長唄に地唄と沢山あるが、最終的には新内だ、と言う人もいて伝統の音楽は奥深い、このほかにも一中節ほか個々の名前が付くと、幾つあるのか。
 端唄の15曲入りひばりのCDでは、誰も知ってる「梅は咲いたか」も、少しずつメロデイが違っている。 ひばりさんは声に深い味があり、うまい、52年と短かったけれど、今でも沢山の人の心を打ついい仕事(歌と芝居)の善い人生だった―と思う。
 子供のころから知ってた市丸さんは、ウグイス芸者とか言われたクールビューティ。 歌手に転向しての「端唄名曲集 21曲」は、つやがある美声、これぞ日本調、しかもちょっと品もよい。 ふたりとも稀なる歌唱力の偉大な歌手でした。 
 端唄に要るらしい明るい色気は人の天性の個性で、素人や主婦には真似は出来ない。  5.16(月)
 




みどり色の西武ドーム
 国際バラとガーデニング展へ。 薔薇の香りは、原種のオールドローズの薄青紫のがとても馨しかった、匂いが薔薇の魅力です。

 西武線西武遊園地駅乗り換えの山口線レオライナーで西武球場駅へは数分。 遊園地とゴルフ場が新録に包まれきれいな窓外。もっと乗っていたい景色ですが、ライナーは普通道をタイヤで走る電車です。 降りたホームから自動車になるが車内は電車そのまま、面白〜い。

 今年はバラといっしょに、トトロの森が再現され、よくぞと言うくらい森を再現した展覧会で満足。 昔懐かし森と里山の野の草、山の匂いの枯葉の道、倒木や水たまり、およぐメダカやオタマジャクシにも出会えたー(小さいあの日に帰りたい)。
 横浜崎陽軒のシューマイ弁当を買って休憩。そのあとはお買い物。 京成バラ園も出店していたが、可愛いランの鉢のほうを買いました。

 トイレの数などでは東京ドームが勝っても、開放感ある窓が特徴の西武ドーム、クロアゲハやみつ蜂も来ていました。 次回は野球を見に来たい。  5.13(金)






断腸の思い以上
 汚い・臭いといって草をはむ牛も見たこともない、でも高級ステーキは食べるだろう東電副社長に、酪農家のリーダーは『断腸の思い―』!と訴えた。
 牛は餌を減らされ、骨の浮く姿でなお、生きるために乳を生みだし、そしてとうとう、トラックで連れてゆかれた。 乗るのを嫌がり、細くなった四足で踏ん張り、最後の抵抗をしていた。 綱引かれると、首を傾け哀しい目をした。 断腸の思いの飼い主母子は、黙って見送った。 牛も豚も、とさつされる家禽は、皆自分の運命を知るのだという―。

 かつてジョーン・バエズが哀切に唄った反戦歌『ドンナドンナ』の歌の風景を思い浮かべる。 日本の今の、放射能汚染のもたらす過酷過ぎる風景はさらに哀しく、気力も失せる―。

 私の食卓に乳製品は何十年も絶えたことがない、いかに牛たちの恩恵の中で生きていることだろう。
 乳製品は止めれないが、これから無期での牛肉断ちを決めた。
 先週いつものより奮発した牛肉が、あのビーフの香りがなく、歯ごたえが変で何時にもなく惜しみながら捨て去った。 あれは牛たちのなにかの訴えだったろうか。 


Donna donna
 作曲:Sholom Secunda
 作詞:Arthur Kevess, Teddi Schwartz, Sheldon Secunda & Aaron Zeitlin


On a wagon bound for market
There's a calf with a mournful eye
High above him there's a swallow
Winging swiftly through the sky

How the winds are laughing
They laugh with all their might
Laugh and laugh the whole day through
And half the summer's night
Donna donna donna donna
Donna donna donna don
Donna donna donna donna
Donna donna donna don

Stop complaining said the farmer
Who told you a calf to be
Why don't you have wings to fly with
Like the swallow so proud and free

How the winds are laughing
They laugh with all their might
Laugh and laugh the whole day through
And half the summer's night


 別れに際し「不平を言うな、誰かがお前に、牛になれなんて言ったのでもないのだから」と飼い主の農夫はいう、でも彼は、「やはりも一度、牛になって会いに来ておくれ」と言っている気がする。

 東北の沢山の、牛たち、動物たちの霊よ、...やすらかに。
 5.11(水)
 



ナマ食

 ユッケは韓国では専門店があるそうだが、死に至らない中毒はかなり多いそうだ。 スポーツ選手が集団でやられ、試合ができなくなったこともあるらしい。
 ナマ食はおいしいが、ナマものは基本的に雑菌もたべていることになる。 それに寄生生物もいる。 レバ刺しなどは肝炎の感染だってありうる。 特に病後や老人子供は決して食べるものではないと思う。  食べ物への国の基準も曖昧で、大地震と同じに起こった後に〈オレ知らん〉とばかりの逃げ口上ばかり、恥ずかしくないのかしらん。
 だから、特に獣肉のナマ食いは止めよう、身を守るのは自分の動物的カンだけで何かを頼っては遅い。 
 でも、何でもナマは誘惑的に美味しいから、焼肉と一緒に実はユッケは働き盛りのころよく食べていました...。 
 件のお店では一皿280円? 高価な半ナマのしゃぶしゃぶ料理と比べ、いかにも危ない金額でした。  5.8(日)
  




達磨さん
の日
 5日に接心会の座禅にゆく。 久しぶりなので少し戸惑う。 座禅堂への入り方お辞儀の仕方など、それなりの形があるわけでうっかりすることあり。。
 禅尼さまは、元気そうでよかった―、とこちらの安否を思いやってくれるので、ご無沙汰が長いとひたすら恐縮。 40分を三回、その後本堂でお経を唱えるのですが、5日は達磨さんの日ということで、珍しいお経も唱えることになった。
 10月の5日は達磨忌だとのことで、月ごとに5日は達磨大師の日となるらしい。
 
 帰りにまた、お菓子と煮もの(筍と北海道の蕗とシメジと厚揚げ)と庭の花束、菖蒲やバラその他実家の庭そっくりの花たちをくださった。 私はお供えに時々、ポンパドールのいろいろな美味しいパン類やアップルパイなどお持ちする事が多い。 
 天井の高い木造の建物、広い畳の間と柱と板の間の廊下は、育った家に似ていて懐かしい。 折々ここに来たいのは、生まれた家を思い出すからでもある。 座禅堂は十数人の尼様のいた往時を思い浮かべさせ、もったいないほど広く静かで、頭を空っぽにして休ませるにぴったりの場所なのです。  5.7(土)




カーネーション
 母の日が近づき花屋さんにはカーネーションいっぱい。 駅ビルの花屋さんのほぼ三分の一の値段で西友の赤い大鉢を買う。 なんてお得、鉢カバーに大きく差があるが花は同じくらい沢山元気に咲いくれてる。 これは、亡き母のため、そして私、猫母のためはなこが買ってくれたものでアル。
 はなこはちっとも稼がないので貯金もないが、長寿の祝い金をネコの神様に貰ったのです。 

 小学校のころ母のない子は、白いカーネーションを胸に付けた、みんな赤い花なのに。 ...今はもうそんなことはないだろうが。
 ひとは母から生まれいま生きていてもいなくても、皆母の存在がある。 父子家庭に白い花とは、さびしい意味のない差別をしていたと思う。
 
なんでか人間は、あらゆる差別を必ずする。 原発の村から来た子、公害被害者、根拠のない風評、21世紀が30世紀になっても、モグラたたきのようにいろいろな差別は続くのだ。 猫や猿のほうがましかもしれぬ。

 あの日決めの一発を打ちこんだサッカーの李忠成(い だだなり)選手は、在日韓国人の両親を持つが本国で在日の差別を受けた。 そのあと、自分だけ日本に帰化した。 そしていま祖国は二つとも大事に思っているという。 人間は弱いものだが若くても、こんなに素敵に寛大になれる―。
 そうです、カセのあるほうが人は生甲斐があり深く生きれる、素直な性格でさえあれば(素直になりた〜い)。  5.3(火)





都バスで
 
きのう清澄白河あたりを仲間と散策し、深川小劇場から木場の現代美術館への帰り、路線バスを利用。 路線バスでは人や町が身近になりとても楽しい、旅でも諫早湾とか花巻とかで、長めの路線バスに乗ったものだった。
 白河から木場公園、豊洲、晴海、月島、勝鬨橋を渡り築地から銀座、東京駅へ。 家へ帰る電車では降りる駅を乗り越し寸前で下車、ぐーぐー眠りこけていました。
 バスは好きなので時間をかけて遠回り。 若葉のそよぐ江東地区と、東京湾あたりの景色を眺めて楽しむ。 海抜ゼロ地帯では海も船も、ひねもすのどかに元気だった。 勝鬨橋を向こう側から、バスに乗り渡ったのは初めてー。 元倉庫群のあったベイサイド辺りは、いま巨大な高層住宅群が威容を誇っている。。 武蔵野は建物規制が厳しいが、湾岸の東京の姿は全く自由に変貌しているようだ。

 江戸資料館のビデオで、「木遣り」を聴き感動した。 木場で動かす材木の太さで、歌うリズムもそれぞれ違うのだという。 労働歌から、ここまで発展したわけで、日本の旋律はどれも心誘うもの。 でもこの木遣り保存会でも初め希望に燃え十人入ったとして、最後に残るのは一人だという。
 歌の前の心構え、礼儀礼節を守り先輩を立てる、のような日本の心に戸惑い去っていくそうだ。伝統芸能はすべて、厳しい師匠によって守られてきたが、今は時代の波間に消えそうだ。 私などは目的のためのスパルタなら歓迎だが、お手軽便利時代の気質はこまったものです。  4.30(土) 




ポジャギ展
 
ともだちが出品している展覧会は素敵でした。 韓国のパッチワーク、古くからの手仕事のポジャギ。 夏に向けて薄絹と麻の抽象画のようなきれいなノレン、仕切り、ランプシェード、テーブルセンターに行燈ほか、目に幸せが来るような優雅な作品はが生なりと白と青が爽やかでうっとり、でも、撮影は禁止でした。 日本の絽の、青地に秋草の染絵まで諸所に使われていて、案内葉書にない色彩のセンスの良さに圧倒されてしまった。

 彼女はいつも静かに話し、ネットはせずに人の見ないものを視る人。一緒の旅行も多く、岩手や利尻や愛媛の旅は疲れず楽しかった。 こんな手間ヒマのかかる根(こん)の必要なワークは彼女ならでは。 この展覧会は訪れる人もお洒落で、明るい色の和服の人もいました。
 場所は目黒駅5分の住宅地で、もとは住宅だった。 喫茶もあり、老夫婦のオーナーさんと話が弾み、改築前の家やこれまでの作家の展示のアルバムを見せていただいた。 元住宅をきれいなギャラリーにして、木々の見える窓の二階屋根のカドに、スズメバチの巣もありました。 駅近くでこの静かな環境は貴重だ。ちかくには昔謝恩会をした旧迎賓館や久米、目黒と美術館も多い目黒駅周辺。
 訪問客が多く受付担当なのであまり話せなかったが、長く落ち込んでいた気分も晴れてきたみたい、ありがとう!みゆきさん。。   4.26(火)





震度と階数
 先日3階のお宅にお茶に呼ばれたが、あの大地震でもさしての被害はなかったというので驚いた。 僅かに化粧水が倒れ本が落下しただけととは―。 同じビルでも下と上は震度1〜2度の差があるというが、うらやましいことです。
 都心のリバーサイドの17階に住む古い知人は、日記の写真では書棚が倒れ、家具等に被害があり水槽から水がかなりこぼれて相当の揺れだったことが判る。 
 私の水槽はずっと小さいが、溢れた水に濡れた扇は、袋に入っていて気付かず、乾いてから必死に開くとノリが強くて地紙がはがれてしまった。 京扇堂に同じ柄色はもうないだろう...。 
 海の津波も水槽も、「水」は、いきなり危険なものに変身する。 水が振り撒かれた辺りは大変なシーンだった。市川の知人宅も大きな水槽があるが、マンション一階で被害はほぼないとのことだった。
 損保会社の猫好き青年は、はなこと見晴らしを気に入って「清々しますね―」と眺めていたが、上階はそれなりの苦労がある。 何処に生まれてどの街の何処に住むかは、本人も知らぬ巡り合わせ、運命なのだろう。
 この地震後はさらに収納をこまめに、簡素をめざそう。  4.24(日)
   





地震保険
 
20日は誕生日、電話と絵手紙とメールで、数人からお祝いを貰った、何だか今年はほっと嬉しい、ありがとう。 今年は咲く花をめでる間もなく、恐竜だ、うつろな目だと人の悪口を言っている...。
 
 知人の日記から、自分も地震保険に入っていたのを思い出した。 30日以内間際に連絡して、昨日現地見があり、何もかもを処分後で諦めていたが僅かに、保険金は下りることになった。 シェードランプや扇やリモコン、九谷のお皿ほか失ったものらがまた手に入る―。 ビクターのCDのリモコンは、15年目で製造中止になっていた。がスピーカーは落下しても本体と共に無事。 一部を義援金に回すことにした。
 被災した人たち、液状化の町の人々は、地震保険に入っていたろうか。 何もかも失って、まだ揺れのなか、憔悴の映像を見るたびに切なくなる。

 今は、日本史上に残る最悪のとき、美しいみちのくは必ずまた、黄金花咲く豊かな王国になる、どうか堪えて、希望を捨てないでくださいね。  4.23(土)





いのち
 通学中の小学生6名がいきなり業務車の犠牲になった。 元気に出かけたまま帰らない子供に、親は悔しいどころでなく胸かきむしられているだろう。 通学路をクレーン車やダンプが走る道路は原発と同じだ。
 福島の海岸を彷徨う、4、5頭の牛の姿が忘れられず、時折思い出し涙がでてくる。 人と餌を探していまごろは...。 ネットで、繋がれたままの牛が絶命し、カラスがつつく傍で、繋がれた犬が狂ったように泣いていたという記事もあった。 多くの動物らの犠牲は人ほど語られない、胸が、おしつぶされそう。 経済動物も飼い主には、名前を付けるほど家族同様だから、原発の近隣の酪農家の悔しさあまりあるー。

 人災はいつまでつづくのだろう、津波は今後は高台に住むことで防げても、原子力発電所がある限りこれからも、人や漁船や農地や家畜をいきなり放射能で襲い汚すかもしれない。 

 日本人は皆が同じ考えではない。 今日の原子力発電事故に関する国会での参考人は、無表情に役所の通達の様な口調で謝罪した。 青い血のジュラ紀の生きものを連想した、マンガの恐竜の目に似ていたもの。 この方も人の子、家族のいのちを守りたいはずなのだが―。   4.18(月)

 



端唄ほか
 
   
人を助くる(俗曲) ー江戸・明治ー

♪人を助くる身をもちながら
  あの坊んさんは
 何故に夜明けの鐘を突く  アレ 鳥が鳴く
 してまた木魚の ぽくぽくぽく 音がする 

 花見にごんせ向島  ♪ ♪
  行きはみめぐり(三囲) 山谷掘り
 帰りのお土産は
 さんさんさんさッくらさの さくら〜餅!

 いったい何が、ウソか誠か、わかりゃあせぬ政治の世になりました。 難しい原子炉の解説もさっぱり分からず、不安になるだけ。 
 でも瑞穂の国に生まれ、太陽までが祈りの対象の祖父の影響をうけ八百万の、神々の存在を絶対的に信じている。   日本は、選ばれた神の国、 という言葉がよぎる人人の心に、今は祖霊への愛も精霊への祈りもほぼ失せてしまったが。

 
 TBSの人気ドラマ『JIN 仁』完結編 が始まる。 世界80カ国に放映予定だそうだ。 タイムスリップした江戸で、主人公が花魁らのためにペニシリンを作り上げるところなどは見ごたえがあった。 大沢たかおは、アフリカでスモールポック(天然痘)と闘う医師をも大分前に好演していた。
 
 端歌にでてくる山谷掘り、と言う旧吉原あたり、古い桜の隠れた名所を観に行きたいと思ったが、地面が揺れ過ぎこの散歩も出来なくなりもう、さくらも終わる。     4.14(木)




車内放送
 
毎日乗っていた時当たり前に見過ごしていたがJR中央線は、桜の木がとても多い。 武蔵野は木々や学校が多いせいもあるが都心部の、中野駅北口の桜の木もすっかり成長し、ピンクの枝を大きく張っている。  さくらは、人の心をやさしく平和にさせる力もあるかも―。

 節電で薄暗い電車に乗り込む時、少し不安だ。 でも、高架でない荻窪など古い駅にくると車内放送で、
〈これからはさらに暗く成ります、降りるときは足元をよくみて、お気をつけてください〉、とはっきり口調で注意を促している。 新宿に近づくと、
〈これから点灯区間に入ります、長らくのご協力を有難うございました〉という。 いつもは次の駅の名を、口ごもるように無機質的に流す車掌さんが、やさしい善い人に戻ったようで親しみを感じる。
 この辛い災害で、日本人の本来の助け合いや優しさの気質を少しずつ取り戻せるのかもしれない。 4.11(月)





釈迦誕生日
 
クリスマスと違い商いに絡まない日は静か。
 今日はご無沙汰している尼寺のはな祭りに行こうと思っていたが、昨夜の揺れとこの嵐のような風に出かけるに時間に遅れてしまった。 今は春の花ざかり、きれいなお庭を楽しみにしていたが...。
 毎年の春の嵐だがことしもいつまでも風は吹きやまず、ベランダの鉢も落下してひっくり返っている。

 
お釈迦さま、お祝いにいけなくて済みませんですがこの島と海に、どうかお慈悲をお願いたします、特に東北ではみんな恐怖し、疲れてきています。 4.8(金)





桜さく春
 
千駄木の画廊への通りの寺、庭には桜がはらはら8分咲き、春が来ていた。
 大きな揺れが少なく成ったのはうれしい―、停電も今のところ一度だけで。
 恐怖の大地震は冥界から急襲、平凡に暮らす人間ををかく乱し続けている。 海と土が壊れると国の食は細る。
  
 女性3人でいった酒場、目当ての店は休みで、駅のわきにあったお店でモツ煮、イカ刺し、クリームコロッケにネギトロ巻きにシンプル焼きそばなど質素においしく頂く。 量が多く盛りつけがセンス良く、チェーン店と違う一味。 鳥のレバ―の煮ものはとりわけ美味で、レバーこそは店の味の代表である。 熱燗おかわりしていい気持ちになると、久々解放感いっぱいとなる。
 今度私は間食しない分沢山のコメを食べる人間だと気付いた。 スパルタの父が幼女の頃から、二膳めしを強いたが為らしい。 おかげで妙な根性が付いたようだ。 

 節電はいいが地下鉄のエスカレーターも止り構内も暗い。 あれば湯水のように使い、なければ弱者を顧みない何時ものやり方は、成り上がりものの貧乏人の国の証拠。 父の言っていた政治〈三等国〉、を思い出し。   4.6(水)





エネル―プ
 
この便利な充電池は製造が終わることになっていたらしい。 サンヨー電気は松下の血族の会社で、パナソニック傘下に入っていた。 が知名度高いエネル―プの製造続行が、急きょ決まったという。
 松下はナショナルの名を消し、サンヨーも消えかけ、パナソニックのエボルタ、という名の充電池に切り替えていた。 
 サンヨーは大衆的な商品を開発、提供してソニーより東芝より、海外では知られていたようだ。 その昔怖い顔だちの男ばかりのカイロの空港で、大きな SANYO の広告を見てほっとした記憶がある。 
 
携帯ラジオや録音用カセットほかバッテリー類は必需品の消耗品。 今後充電池に切り替えれば有害ごみもなくなるので、追加に楽天ショップで買えたのはeneloopの逆輸入品。 まだ品不足だがこの充電池の欠点は重いこと。 ライト という軽めタイプも欲しく成る。  4.4(月)





四月卯月
 
日は長く成ったのですが東北も関東もまださむい。  それでも、これからは暖かく成る季節なので厳寒期に向かうよりはまだ幸運でした。 

 海がおおきく寝返りを打ったような恐怖の日から、三週間経って強風も一旦収まり静かな春の日。 2011. 4.1(金)