12 月 の 詩

                             十国峠の白い花

                               


                                       石本美由紀


   旅の乙女の 悲しい恋に
  雲も泣いてる あかね空 ああ
  箱根に残る 思い出を
  こころに唄う 風の声
  夢よ さよなら
  十国峠



  スカイラインの 観光バスに
  君と揺られて 越えた丘 ああ
  あの日の恋は この世から
  はかなく消えた 遠い虹
  夢よ さよなら
  十国峠



  伊豆の旅路も 日暮れの中に
  消えて淋しい 峠道 ああ
  さまよう頬に 散りかかる
  涙のような 白い花
  夢よ さよなら
  十国峠







     11 月 の 詩

                             

   独り歌へる 上の巻 明治41年
        


       若山 牧水

   

父の髪また母の髪みな白み
来ぬ子はまた遠く旅を思へる


秋たてば道のはづれの楢の木の
木立に行きてよくものをおもふ


牛に似てものも思はず茫然と
家をいづれば秋風の吹く


黒牛のおおいなる面とむかいあひ
あるがごとくに生くにつかれぬ


この林檎つゆしたゝらば在りし日の
なみだに似むとわかき言いふ


秋かぜは空をわたれりゆく水は
たゆみもあらず葦刈る少女


わが住むは寺の裏部屋庭もせに
白菊咲けり見に来よ女(をんな)


秋はものゝひとりひとりぞをかしけれ
空行く風もまたひとりなり





  
『若山牧水歌集』伊藤一彦 編 岩波書店 2008年







10 月 の 詩

                             

   むらさきの想い出(ラジオ歌謡)
        


        いま はるべ(福岡県)
    


   

風さやぐ高原の もろもろの秋草に

遅れて一人花開く 山のなだりの草むら

ほの紫の花の名を 我に教えし人ありき

紫の想い出よ 眸涼しき 想い出よ




    ことしまた高原の かのなだり秋草を

    求めて一人ただずめば ほの紫のひとけく

    まつむし草はさやげども 眸涼しきひとやなし

    むらさきの想い出よ 心に秘めし 想い出よ







9 月 の 詩

                             

   た よ り
        ―生田勉宛書簡―


            立原道造
    
   

けふは朝から、霧が深い。
机のまへに座って久しぶりに本に心を奪はれている。 キエルケゴールの「反復」。
昼からは、となり村に買い物に出かけよう―と、かういふ書き方をするなら、僕は長いことこの村に暮らしてゐたと、おもはれるだろう。
こんな意識の遊びは楽しい。 ...季節はこのまへに来た時からまた移っている。
すすきの穂がすっかりのびた。狐の毛皮の様な光に、その叢は秋の歌を歌ってゐる。
僕の好きだった日あたりに寝そべって、きのふは乾いた空気を吸いながら、色々なことを考へていた。
たとえば、一本の雑草の話でもいい、しずかな、温かな、つつましやかな生を送りたい、などと。
僕の24歳はこの山のふもとの淋しい村に、ふるさとを見つけている。
僕は誰からも妨げられず、誰をも傷つけずに、
ちいさな部屋と、雑草に縁取られた細い径とを持って、温かく生きていたいと思ふのだ。 
乏しい光のランプと、よくにほふお茶と、僕の内部が気持ちよくそれを受けるいくらかの生の装飾(それは本や絵や音楽だらう)と、それが夜の友だ。
昼は、狩人であらふ。
...こんな心は、しかしすぐに反発される。 


   9月6日   道造



    


                               『立原道造全集 第四巻 暁と夕べの歌』立原道造  角川書店 1969年7月 



              8 月 の 詩



          

槍の穂の歌

   

         
窪田 空穂(長野県)        
       



見つつわが育ちたりける故里の
       山の高きを驚き仰ぐ


徳本(とくごう)の峠越えかねて息づけば
       頭に近く雷(はたたがみ)鳴る


徳本の山押しつつみ真白くも
       夕立の降れば死ねよとぞ歩む


みしみしと廊下つたひて来るは誰そ
       山の気深き夜にもあるかな


白樺の枝伐りきたり山案内(やまあない)
       土に立つれば小屋となりにけり


槍ヶ岳そのいただきの岩にすがり
       天(あめ)の真中にたちたり我は


立つらくも魂おびえ槍ヶ岳
       そのいただきに在りがてぬかも


雨渡る風によろめき槍ヶ岳
       そのいただきの巌にすがる


雲海の上に横臥す乗鞍や
       巌(いか)しと見ける峰の静けく
    


                               『人はなぜ山を詠うのか』正津 勉 アーツアンドクラフツ 2004年 



    7 月 の 詩

                             

   夏の思い出

   

         江間 章子        
       



夏が来れば思い出す

はるかな尾瀬 とおい空

霧の中に浮かび来る

やさしい影 野の小道

水芭蕉の花が咲いている

夢見て咲いている水のほとり

シャクナゲ色にたそがれる

はるかな尾瀬 とおい空




夏が来れば思い出す

はるかな尾瀬 野の旅よ

花の中にそよそよと

ゆれゆれる 浮島よ

水芭蕉の花が匂っている
     
夢みて匂っている水のほとり

まなこつぶれば懐かしい

はるかな尾瀬 とおい空






6 月 の 詩

                             
                            

         詩 人



            
西条 八十    



       
       流れてやまぬ 人の世を

        水の姿にたとふれば

         詩人は岸に佇みて

          花摘む人に似たるかな




             摘みて浮かぶる花びらの

              花のゆくへを問ふなかれ

               水面を飾るうたかたの

                命にわれは 生きてこそ









    5 月 の 詩

                             
                            

       一握の砂 初夏



           石川啄木    

       

       
       
      何がなしに 
      息きれるまで駆けだしてみたくなりたり
      草原などを

      何事も思ふことなく
      いそがしく
      暮らせしひとひを忘れじと思ふ

      城址の 
      石に腰掛け 
      禁制の木の実をひとり味わひしこと

      不来方のお城の草に寝ころびて 
      空に吸はれし 
      十五の心

      そのかみの学校一のなまけ者 
      今は真面目に 
      はたらきて居り

      友はみな或る日四方に散り行きぬ 
      その後八年(のちやとせ) 
      名挙げしもなし

      われ行きて手を取れば 
      泣きてしずまりき 
      酔ひて荒ほれしそのかみの友

      肺を病む 
      極道地主の総領の 
      嫁取りの日の春の雷かな

      わが庭の白き躑躅を 
      薄月の夜に 
      折ゆきしことな忘れそ

      漂泊の憂いを叙して成らざりし 
      草稿の字の 
      読みがたさかな




      
歌集 『一握の砂』昭和二十四年  河出書房
      



4 月 の 詩

                             
                            

         平和は森の中にある


              
                フランシス・ジャム
                訳  尾崎 喜八 



      平和は静かな森の中にある
      流れる水を切る剣のような形の葉の上には
      澄んだ青空がまどろむように映っている。
      その青空はまた金いろの苔のさきにも宿っている。
      
      私は黒い樫の根がたにすわって
      もの思いを振り落とした。
      一羽の鶫(つぐみ)が木の上にとまる。
      ただそれだけだった。
      そしてこの沈黙の中で生は壮麗で、優しく、厳粛だった。

      私の牝犬と牡犬とが飛んでいる一匹の蠅をねらって
      それをつかみ取ろうとしている間、
      私は自分の悩みをほとんど忘れて、
      あきらめが悲しく魂をしずめるのに任せていた。
 

      
      


                              世界の詩21『新訳 ジャム詩集』尾崎 喜八 編 1965 弥生書房 








    3 月 の 詩

                             
                            

         なのだソング


              
                井上 ひさし




      雄々しくネコは生きるのだ

      尾をふるのはもうやめなのだ

      失敗おそれてならぬのだ

      尻尾を振ってはならぬのだ

      女々しくあってはならぬのだ

      お目々を高く上げるのだ

      凛とネコは暮すのだ

      リンと鳴る鈴は外すのだ

      獅子を手本に進むのだ

      シッシと追われちゃならぬのだ

      お恵みなんぞは受けぬのだ

      腕組みをしてそっぽ向くのだ

      サンマのひらきがなんなのだ

      サンマばかりがマンマじゃないのだ

      のだのだのだともそうなのだ

      それは断然そうなのだ


      雄々しくネコは生きるのだ
     
      ひとりでネコはいきるのだ
         
      激しくネコは生きるのだ
          
      堂々ネコは生きるのだ
           
      きりりとネコはいきるのだ
         
      なんとかかんとか生きるのだ
        
      どうやらこうやら生きるのだ
        
      しょうこりもなく生きるのだ
        
      出たとこ勝負で生きるのだ
         
      ちゃっかりぬけぬけ生きるのだ
       
      破れかぶれで生きるのだ
          
      いけしゃあしゃあと生きるのだ
       
      めったやたらに生きるのだ
         
      決して死んではならぬのだ
         
      のだのだのだともそうなのだ
        
      それは断然そうなのだ



        2 月 の 詩

                               


                              心の窓にともしびを

 

                          
横井 弘     

    


   
いじわる木枯らし 吹きつける
   古いセーター ぼろシューズ
   泣けてくるよな 夜だけど
   ほっぺをよせて ともしましょう
   心の窓に ともしびを
   ホラ えくぼが浮かんで くるでしょう

  
   真珠にかがやく 飾り窓
   うつる貧しい シンデレラ
   ポッケにゃなんにも ないけれど
   かじかむ指で ともしましょう
   心の窓に ともしびを
   ホラ 口笛ふきたく なるでしょう

  

   暖炉をかこんだ 歌声を
   遠く聞いてる 細い路地
   ちっちゃなたき火は 消えたけど
   お空をみつめ ともしましょう
   心の窓に ともしびを
   ホラ 希望がほのぼの わくでしょう



     1 月 の 詩

                               

                               土壌の世界 「沈黙の春」五 部分

 

                                        
レ―チェル・カーソン(アメリカ)
                        
    青樹 簗一   訳      



       地球の大陸を覆っている土壌のうすい膜―
    私たち人間、またそこに住む生物たちは、みなそのおかげを被っている。
    もし土壌がなければ、
    いま目に映るような草木はない。
    草木が育たなければ、生物たちは地上に生き残れないだろう。
    農業があってこそ成り立っている私たちの生活は、また土があればこそ
    可能なのだ。
    だが、土壌も生物のおかげを大きく受けている。
    土のはじまり、その歴史は、動物、植物ともちつもたれつなのだ。
    土は、生物が作ったのだと言えなくもない。
    はるか、はるかむかし、生物と無生物との不思議な秘密にみちた
    交わりから土ができた。
    山が火を噴き、溶岩が流れる。 
    水が押し出し、裸の岩を洗い、
    硬い花こう岩までもすり減らし霜や氷の、鑿(のみ)が岩を打ち砕いた。
    すると生物は魔法に等しい力を発揮し、生命のない物質を少しずつ、
    ほんの少しづつ土に変えていった。
    はじめて地衣類が岩を覆って、
    酸を分泌しては岩をぐずぐずにし、
    他の生物が宿れる場所を造った。


         
新潮文庫沈黙の春ー生と死の妙薬ーレ―チェル・カーソン 
          
新潮社 昭和49年