12 月 の 詩



                                 冬 の 夜
                  (文部省唱歌)

                     
作者不詳

                                             

 燈火ちかく衣縫ふ母は

  春の遊びの楽しさ語る

   居並ぶ子どもは指を折りつつ

    日数かぞへて喜び勇む

     囲炉裏火はとろとろ 外は吹雪 




 囲炉裏の端に繩なふ父は

  過ぎしいいくさの手柄を語る
 (過ぎし昔の思い出語る)

   居並ぶ子供は ねむさを忘れて

    耳を傾け こぶしを握る

     囲炉裏火はとろとろ 外は吹雪






         11 月 の 詩


                                 秋 の 句



                   松尾 芭蕉

                                             



☆武蔵野や一寸ほどな鹿の声 
  

☆日にかかる雲やしばしのわたりどり


☆盃や山路の菊と是を干す


☆秋を経て蝶もなめるや菊の露


☆草の戸や日暮れてくれし菊の酒


☆見どころのあれや野分ののちの菊


☆祖父(おほじ)親その子の庭や柿蜜柑


☆榎の実ちるむくの羽音や朝あらし


☆藤の実は俳諧にせん花の跡


☆こもり居て木の実草の実ひろはゞや


☆しにもせぬ旅寝の果てよ秋の暮


☆蛤(はまぐり)のふたみにわかれ行秋ぞ




    
『芭蕉全句集 角川ソフイア文庫』 角川学芸出版  平成25年




          10 月 の 詩


                               故 郷 第六歌集『みなかみ』(大正2年)より



                   若山 牧水


                                             



いずくにか父の声きこゆ
この古き大きなる家の秋の夕べに 
  

 痛き玉掌にもてるごとし
 ふるさとの秋の夕日の山をあふげば


  どの爺のかほもいずれもみななつかし
  みな善き父に似たる爺たち


   母が飼う秋蚕の匂ひたちまよふ
   家の片すみに置きぬ机を


    母の愛は刃のごときものなりき
    さなりいまだにそのごとくあらむ


猫が踊るに大ぐちあけてみな笑ふ
父も母も、われも泣き笑ひする


 姉は皆母に似たりきわれひとり
 父に似たるもなにかいたまし


  こころより母を讃ふるときのあり
  そのときのわれの如何に哀しき


   一ところ山に夕陽のさせる如く
   東京の街を思ひてぞいる


    秋のおち葉栴檀の木にかけあがり
    来よと児猫が我にいどめる


   
『若山牧水歌集』岩波文庫   2008年




         9 月 の 詩


                               十五夜お月さん



                   野口 雨情


                                             



十五夜お月さん
御機嫌さん
婆やはお暇(いとま)
とりました


十五夜お月さん
妹は
田舎へ貰(も)られて
ゆきました


十五夜お月さん
母さんに
も一度わたしは
逢いたいな






         8 月 の 詩


                               海 よ



                   立原 道造




                                              

海よ

日はかがやいて波はにほふ

まぶしい海の たよりをおくれ

ガラスとエメラルドの砕け散る朝の風を

帆前船を走らせる おまへの風を


さうして 僕はここ 高原の叢で

パンパス草の海に溺れ とほい魚のにほひを嗅がう


貝殻を 砂の香を 人の膚にきらめく虹を


海よ 小さな泡の呟きよ

空よりもなほ青く

窓よりもなほ高く

まぶしい海の たよりをおくれ



    
立原道造全集第五巻 『優しき歌』角川書店 1969年


       7 月 の 詩

                               万 葉 うた



                                              

たらちねの 母が養ふ蚕の 繭ごもり
いぶせくもあるか 妹に逢はづて      (作者不詳)



幸福(さきはひ)の いかなる人か黒髪の 
白くなるまで妹が声を聞く      (作者不詳)



古昔(いにしへ)の 古きつつみは年深み 
池の渚に草生ひにけり      (山部赤人)



和歌の浦に 潮満ち来れば 潟を無み
葦辺を指して 鶴(たづ)鳴きわたる   (山部赤人)



み吉野の 象山(きさやま)の際(ま)の木末(こぬれ)には
ここだもさわぐ 鳥の声かも     (山部赤人)


 
ぬばたまの 夜の更けぬれば柳生ふる 
清き河原に千鳥しば鳴く     (山部赤人)






           6 月 の 詩

                               六月の雨(在りし日の歌より)

                                              

          中原 中也



またひとしきり 午前の雨が
菖蒲のいろの みどりいろ
眼(まなこ)うるめる 面長き女(ひと)
たちあらはれて 消えてゆく


たちあらはれて 消え行けば
うれひに沈み しとしとと
畠の上に 落ちてゐる


     お太鼓叩いて 笛吹いて
     あどけない子が 日曜日
     畳の上で 遊びます

     お太鼓叩いて 笛吹いて 
     遊んでゐれば 雨が降る
     櫺子の外に 雨が降る


               

          角川文庫『中原中也詩集』 1974年




           5 月 の 詩


                             角兵衛獅子の唄

                                              

         西 條 八 十



生まれて父の 顔知らず
恋しい母の 名も知らぬ
わたしゃ旅路の 角兵衛獅子
打つや太鼓の ひとおどり


情けを知らぬ 親方の
昼寝のひまに 空見れば
雁も親子で 帰るのに
わたしゃ越後へ いつ帰る


旅路にまたも 茶の花が
匂えば故郷(くに)を 想いだす
赤い万燈 村まつり
幼馴染が 忘らりょか




          4 月 の 詩

                             
                               縁側で夢を




                                       三間由紀子
        

              
               縁側の年老いた猫が
               尻尾で 夢をみている
            
               静かで 静かで 静かで
               蜜のように光る 午さがり

               猫のかたわらに
               遠い母を 置きたい
            
               白いまつげをふるわせて 
               きっと
               しあわせだったころの
               夢が見られるだろうに

               桃色の舌をのぞかせて
               夢のかけらを 味わうだろうに





         
                     
『猫新聞』2014年 3月号




        3 月 の 詩

                             
                               春  雨 (端唄)



                                       作者不詳
        

              (ニ上がり)
               春雨に しっぽり濡るる鶯の

               羽風に匂う梅が香や

               花にたわむれ しおらしや

               小鳥でさえもひとすじに

               ねぐら定めぬ気は一つ

               わたしゃ鶯 主は梅

               やがて身まま 気ままになるならば

               サア 鶯宿梅じやないかいな

               さあさなんでもよいわいな



         2 月 の 詩

                             
                               ヒーリング キャット



                                       葉 祥 明(熊本県)
        

               ぼくは、ヒーリングキャット、
               みんなは ぼくをヒーリング・キャットって呼ぶ。

               さみしかったら、
               いつでも ぼくを呼んで!

               ぼくは、いつも 
               きみの すぐそばに いる からね。

               ぼくに、ふれて、
               やさしく そっと だきあげて!

               ぼくは、そうして ほしいんだ。
               きみも、そうでしょう?

               自分を そんなふうに
               大切にしなくちゃね。



               

 葉祥明「ヒーリング・キャット」 晶文社





          1 月 の 詩

                             
                               黒   猫



                                       与謝野晶子
        

               押しやれども、
               またしても膝に上る黒猫。

               生きた天鵝絨(ビロード)よ、
               憎からぬ 黒猫の手ざはり。

               ねむたげな黒猫の目、
               その奥から射る野生の力。

               どうした機会(はずみ)やら、をりをり、
               緑金に光るわが膝の黒猫。



               

 与謝野晶子全集 第9巻 詩集一 講談社