2015年       12 月 の 詩



                                  猫の句
                  

        
      


★いま見えていた猫みえず冬ざるる
   (久保田万太郎)


★猫も犬もともにものいわず秋の暮
   (久保田万太郎)


★行く年や猫うずくまる膝の上
    (夏目 漱石)


★里の子の猫加へけり涅槃像
    (夏目 漱石)


★京町の猫通ひけり揚屋町
    (宝井 其角)
 

★餅花を今戸の猫にささげばや
    (芥川龍之介)


★猫いまは冬菜畑をあるきをり
    (高浜 虚子)


★日なたにも尻の座らぬ猫の妻
    (上島 鬼貫)


★百代の過客しんがりに猫の子も
    (加藤 楸邨)


★秋草にお頼み申す猫ふたつ
    (加藤 楸邨)


★短さに蒲団を引けば猫の声
    (正岡 子規)


★白猫の行へわからず雪の朝
    (正岡 子規) 


    
    『猫踏んぢゃった俳句』 村松 友視 角川学芸出版 平成26年




     11 月 の 詩

 


                                  静かなる卓上


        
      

          室生 犀星
                   



 
ひとり、 ペンをとり

ともしびをあかるくす。

ペンはかのむなしきものの影をおひ

しずかにわが指さきになじみたり。


わがこころミルクのごとくこまやかに

とりどりなるおもひでをつづりだし

あたたかくわれをめぐりそめたり。




    室生犀星 抒情小曲集 『青き魚を釣る人』 響林社




        10 月 の 詩


                                  曼珠沙華(まんじゅしゃげ)


        
      

          北原 白秋
                   


 

GONSHAN. GONSHAN. 何處へゆく

赤い、御墓の曼珠沙華(ひがんばな)

曼珠沙華(ひがんばな)

けふも手折りに來たわいな

GONSHAN. GONSHAN. 何本か

地には七本、血のやうに

血のやうに

ちやうど、あの兒の年の數

GONSHAN. GONSHAN. 氣をつけな

ひとつ摘んでも、日は眞晝

日は眞晝

ひとつあとからまたひらく

GONSHAN. GONSHAN. 何故泣くろ

何時まで取っても曼珠沙華(ひがんばな)

曼珠沙華、

恐や、赤しや、まだ七つ



v

            9 月 の 詩


                                  愛  猫

        
      

          室生 犀星
                   
 

抱かれてねむり落ちしは

なやめる猫のひるすぎ。

ややありて金のひとみをひらき

ものうげに散りゆくものを映したり。

葉のおもてにはひかりなく

おうしいつくし、法師蝉、

気みぢかに啼き立つる賑はしさも

はたとばかりに止みたり。

抱ける猫をそと置けば

なやみに堪えずふところにかへりて

いとも静かに又眠りゆく。




   
室生犀星 抒情小曲集 『青き魚を釣る人』 響林社




              8 月 の 詩

                                  長崎の鐘

        
      

          サトウ ハチロー
                   
 
こよなく晴れた 青空を
悲しと思う せつなさよ
うねりの波の 人の世に
はかなく生きる 野の花よ
なぐさめ はげまし 長崎の
ああ 長崎の鐘が鳴る


召されて妻は 天国へ
別れてひとり 旅立ちぬ
かたみに残る ロザリオの
鎖に白き わが涙
なぐさめ はげまし 長崎の
ああ 長崎の鐘が鳴る


こころの罪を うちあけて
更け行く夜の 月すみぬ
貧しき家の 柱にも
気高く白き マリア様
なぐさめ はげまし 長崎の
ああ 長崎の鐘が鳴る





                 7 月 の 詩


                                  鎌 倉(文部省唱歌)

        
      

                 芳賀 矢一
                   
 

1 七里ケ浜の磯伝い

  稲村ケ崎名将の 剣投ぜし古戦場



2 極楽寺坂超え行けば

  長谷観音の堂近く 露座の大仏おわします



3 由比の浜べを右に見て

  雪の下村過ぎ行けば 八幡宮の御社



4 上るや石のきざはしの

  左に高き大銀杏 問わばや遠き世々の跡



5 若宮堂の舞の袖

  静のおだまきくりかえし かえせし人をしのびつつ



6 鎌倉宮にもうでては

  尽きせぬ親王のみうらみに 悲憤の涙わきぬべし



7 歴史は長き七百年

  興亡すべてゆめに似て 英雄墓はこけ蒸しぬ



8 建長円覚古寺の

  山門高き松風に 昔の音やこもるらん




        6 月 の 詩



                                  わすれなぐさ

        
      

           ウィルヘルム・アレント
           訳 :上田  敏           
 

ながれのきしのひともとは、

みそらのいろのみづあさぎ、

なみ、ことごとく、くちづけし

はた、ことごとく、わすれゆく。
  




   
『海潮音』上田敏訳詩集  新潮文庫  昭和27年
  





           5 月 の 詩

                                  山頭火句集


      

           種田山頭火(山口県)




  柿の若葉のかがやく空を死なずにいる
  


  けさは水音も、よいたよりでもありそうな



  ほんにしずかな草の生えては咲く



  いつもつながれてほえるほかない犬です



  影もはっきりと若葉



  ひょいとあなからとかげかよ



  誰も来てくれない蕗の佃煮を煮る



  ひとりひっそりたけのこ竹になる



  もう明けそうな窓あけて青葉 



  こころすなほに御飯がふいた


  


   
『山頭火句集』ちくま文庫 筑摩書房 2014年
  






           4 月 の 詩



                               闇路〈ほととぎす〉(1909年)

      

           近藤 朔風(兵庫県)



  おぐらき夜半を 独りゆけば
  雲よりしばし 月はもれて
  ひと声いずこ 鳴くほととぎす
  見かえる瞬間(ひま)に 姿消えぬ
  夢かとばかり 尚もゆけば
  またも行手に 暗はおりぬ




      別れし友よ 今はいずこ
      今宵の月に 君を想えば
      心は虚ろ 思い出消えず
      悩める胸に 返るは彼の日
      星影たより ともに語りし
      昔の言葉 今ぞ偲ぶ




           3 月 の 詩

                               花 か げ(昭和6年)

      

         大村 主計[カズエ](山梨県)



十五夜お月さまひとりぼち
桜吹雪の花影に
はなよめ姿のお姉さま
車に揺られてゆきました



 十五夜お月さま見てたでしょう
 桜吹雪の花影に
 はなよめ姿の姉さまと
 お別れ惜しんで泣きました



   十五夜お月さまひとりぼち
   桜吹雪の花影に
   遠いお里のお姉さま
   私は一人になりました



             2 月 の 詩

                  
                  枕上口占



     
                                         三好 達治  

                 

    私の詩(うた)は
  
    一つの着手であればいい

    

    私の家は

    毀れやすい家でいい

    

    ひと日ひと日に失われる

    ああこの旅のつれづれの



    私の詩は
    
    三日の間もてばいい



    昨日と今日と明日と

    ただその形見であればいい



          
新潮文庫『三好達治詩集』 新潮社 昭和28年5月


            1 月 の 詩


                                さのさ (端唄)
                    
作者不詳

                                
             

    花づくし 山茶花 桜に水仙花
 
    寒に咲くのは梅の花
  
    牡丹芍薬ネエ百合の花
 
    おもとのことなら
 
    南天 菊の花  アさのさァ




    月づくし 三笠の山には 春の月
 
    四条河原の夏の月
 
    石山寺のネエ 秋の月
 
    田毎 更科
    
    冬の月 アさのさァ