2016年 12 月 の 詩

                                  イムジン河 


                    
作詞 パク・ソヨン 
                        訳  リ・グムオク
 

    


   イムジン河 水清く

   静かに流れゆき

   鳥は河よぎり 自由に飛び交うよ

   南のふるさとに 何故に帰れぬ

   イムジンの流れよ 応えておくれ



   悲しく水鳥は 

   南の岸で啼き

   荒れたのらには 空しく風が立つ

   幸せ花咲く 故郷の北の歌

   イムジンの流れよ 伝えておくれ




     
『うたの世界 533』 歌声喫茶 ともしび







       
     11 月 の 詩



                                  い ろ は う た 


                    
柿本人麻呂 又は空海
                 
                   

    

   いろはにほへと ちりぬるを
   (色はにほへど散りぬるを)

   わかよたれそ つねならむ 
   (我が世たれぞ常ならむ)

   うゐのおくやま けふこえて
   (有為の奥山今日越えて)

   あさきゆめみし ゑひもせす 
   (浅き夢見じ酔ひもせず)



  “色美しく咲き誇っている花も、
   いつかは散ってしまう。

   今を生きる私たちも、
   いつまで生きれるものではない。

   この無常の世の中を、
   今日も生きていく。

   悟りの世界に至れば、
   はかない夢に酔うこともない。”





     10 月 の 詩



                                  柿の木坂の家 



                   
石本美由起
                              

   

   春には 柿の花が咲き
   秋には 柿の実が熟れる
   柿の木坂は 駅まで三里
   思い出すなァ ふる里のョ
   乗合バスの 悲しい別れ


    春には 青いめじろ追い
    秋には 赤いとんぼとり
    柿の木坂で 遊んだ昔
    懐しいなァ しみじみとョ
    こころに返る 幼い夢が


     春くりゃ 偲ぶ馬の市
     秋くりゃ 恋し村祭り
     柿の木坂の あの娘の家よ
     逢ってみたいなァ 今も尚ョ
     機織りながら 暮していてか










    9 月 の 詩




                                  アメージング・グレース 



                   
J・ニュートン 作詞
                              
山ノ木竹志 訳
                   
      

    

  海に生まれ 旅を続けた
  みどり深き 森を抜け
  幾千万の月日 重ねて
  我ら 人類(ひと)と成りぬ


  人に生まれ 旅を続けた
  果てなき荒野 さまよい
  幾千万の 生命流れて
  我ら この地にあり


  畏れ知らぬ 愚かな旅人
  戦さ 憎しみ 涙
  幾千万の試練 超えて
  我ら 共に 立つ


  恵み深き みどりの大地
  惑星(ほし)よ 海よ 森よ
  幾千万の生命 育み
  救いたまえ 我ら


  幾千万の生命 照らして
  共に 歩みたまえ


  

   





    8 月 の 詩




                           芭蕉句集 夏 



               松尾 芭蕉
                
                                                        
      

   蛸壺やはかなき夢を夏の月


  月見ても物たらはずや須磨の夏


  手を打てば木魂に明くる夏の月


   夏の夜や崩て明けし冷やしもの


  清滝の水汲み寄せてところてん


  団扇もてあふがん人のうしろむき


  城あとや古井の清水先(まづ)問はむ


  湯をむすぶ誓ひもおなじ石清水


  さざれ蟹足はひのぼる清水かな


  酔て寝むなでしこ咲ける石の上




  『芭蕉全句集』 角川ソフィア文庫

   










          7 月 の 詩


                            武原 はん句集 


                   武原 はん
                
                                                               
      

   六本木飛ばぬ燕を待つ心


  眠れねば舞のくふうに明易き


  送られ来灯らぬ蛍哀れとも


  夏書して舞のいのちの長かれと


  冷そうめん八十にして母思ふ


  夕蝉の鳴きやみ雨戸閉める音


  窓開けて女ありけり星月夜


  道のべの草の青さよ梅雨曇り


  なでしこの初花と言ふ淡さかな


  祈事(ねぎこと)もなく七夕の宵なりし

   







            6 月 の 詩


                                  城が島の雨 



                   北原 白秋
                
                                                                
      

  雨は降る降る

  城が島の磯に
 
  利休鼠の雨が降る

  雨は真珠か 夜明けの霧か

  それとも私の忍び泣き



  舟はゆくゆく 通り矢のはなを

  濡れて帆上げたぬしの舟

  ええ 舟は櫓でやる

  櫓は歌でやる

  歌は船頭さんの心意気



  雨は降る降る日はうす曇る

  舟は行く行く 帆がかすむ




   
『うたの世界』第2集 209  ともしび歌集





               5 月 の 詩

                                 苗 



                   
室生 犀星
                
                                     

                             
      

   なたまめの苗、きうりの苗

  いんげん、さやまめの苗

  わが友よ

  あのあはれ深い呼びやうをして

  ことしまた苗売りがやって来た

  あのこゑをきき

  あの季節のかはり目を感じることは

  
  なんといふ微妙な気になることだらう 




        4 月 の 詩




                                  江 梨 子 




                   佐伯 孝夫 

                
                                                                  
      

   冷たい雨が降る朝に
  一人で江梨子は死んでしまった
  可哀想な江梨子よ
  きれいだった江梨子よ
  涙にぬれたその顔を
  花で飾ってあげましょう


  騙されたって傷付かぬ
  やさしい心の娘だったが
  大人たちが江梨子よ
  悪いんだぜ江梨子よ
  苦しみのない天国で
  きっとなるでしょ幸せに


  海辺のお墓その下で
  静かに江梨子は眠っている
  野菊だけど江梨子よ
  摘んで来たぜ江梨子よ
  いまでは逢えはしないけど
  残る名前の美しさ





       3 月 の 詩

                             わたしの猫
                   


                       
三好 達治
                                   

  わたしの猫はずいぶんと齢をとっているのだ
  毛なみもよごれて日暮の窓枠の上に
  うつつなく消えゆく日影を惜しんでいるのだ
  蛤(はまぐり)のような顔に糸をひいて
  二つの目がいつも眠っているのだ
  わたしの猫はずいぶんと齢をとっているのだ
  眠っている二つの目から銀のような涙をながし
  日が暮れて寒さのために眼がさめると
  暗くなったあたりの風景に驚いて
  自分の涙をみるくとまちがえて舐めてしまうのだ

  わたしの猫はずいぶんと齢をとっているのだ





     2 月 の 詩


                            永訣の朝
                   


                       
宮澤 賢治
                                   
     

   けふのうちにとほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
   みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
      (あめゆじゆとてちてけんじや)
   うすあかくいつそう陰惨(いんざん)な雲から
   みぞれはびちよびちよふつてくる
      (あめゆじゆとてちてけんじや)
   青い蓴菜(じゆんさい)のもやうのついた
   これらふたつのかけた陶椀(たうわん)に
   おまへがたべるあめゆきをとらうとして
   わたくしはまがつたてつぽうだまのやうに
   このくらいみぞれのなかに飛びだした
      (あめゆじゆとてちてけんじや)
   蒼鉛(さうえん)いろの暗い雲から
   みぞれはびちよびちよ沈んでくる
   ああとし子
   死ぬといふいまごろになつて
   わたくしをいつしやうあかるくするために
   こんなさつぱりした雪のひとわんを
   おまへはわたくしにたのんだのだ
   ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
   わたくしもまつすぐにすすんでいくから
      (あめゆじゆとてちてけんじや)
   はげしいはげしい熱やあえぎのあひだから
   おまへはわたくしにたのんだのだ
    銀河や太陽、気圏などとよばれたせかいの
   そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
   …ふたきれのみかげせきざいに
   みぞれはさびしくたまつてゐる
   わたくしはそのうへにあぶなくたち
   雪と水とのまつしろな二相系(にさうけい)をたもち
   すきとほるつめたい雫にみちた
   このつややかな松のえだから

   わたくしのやさしいいもうとの
   さいごのたべものをもらつていかう
   わたしたちがいつしよにそだつてきたあひだ
   みなれたちやわんのこの藍のもやうにも
   もうけふおまへはわかれてしまふ
   (Ora Orade Shitori egumo)
   ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
   あぁあのとざされた病室の
   くらいびやうぶやかやのなかに
   やさしくあをじろく燃えてゐる
   わたくしのけなげないもうとよ
   この雪はどこをえらばうにも
   あんまりどこもまつしろなのだ
   あんなおそろしいみだれたそらから
   このうつくしい雪がきたのだ
      (うまれでくるたて
       こんどはこたにわりやのごとばかりで
       くるしまなあよにうまれてくる)
   おまへがたべるこのふたわんのゆきに
   わたくしはいまこころからいのる
   どうかこれが天上のアイスクリームになつて
   おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
   わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ

 


     
註 
     ※あめゆきとつてきてください
     ※あたしはあたしでひとりいきます
     ※またひとにうまれてくるときは
     こんなにじぶんのことばかりで
     くるしまないやうにうまれてきます

  
   




         1 月 の 詩


                            緑の地平線
                   
(昭和10年)
                  

                   
佐藤惣之助

        
      

   なぜか忘れぬ 人故に
   涙かくして 踊る夜は
   ぬれし瞳に すすり泣く
   リラの花さえ なつかしや

  
   わざと気強く ふりすてて
   無理に注(つ)がして 飲む酒も
   霧の都の 夜は更けて
   夢もはかなく 散りて行く

  
   山のけむりを 慕いつつ
   いとし小鳩の 声きけば
   遠き前途(ゆくて)に ほのぼのと
   緑うれしや地平線