12 月 の 詩

                               

                             サ ー カ ス の 歌(昭和九年)


                                        西 条  八 十


1 旅のつばくろ 淋しかないか
  おれもさみしい サーカス暮らし
  とんぼ返りで 今年も暮れて
  知らぬ他国の 花を見た


2 昨日市場で ちょいと観た娘
  色は色白 すんなり腰よ
  鞭の振りようで獅子さえなびくに
  可愛いあの娘は 薄情け


2 あの娘住む町 恋しい町を
  遠く離れて テントで暮らしゃ
  月も冴えます 心も冴える
  馬の寝息で ねむられぬ


3 朝は朝霧 夕べは夜霧
  泣いちゃいけない クラリオネット
  流れながれる 浮藻(うきも)の花は
  明日も咲きましょ あの町で
  




            11 月 の 詩


      秋
  

           北原白秋



日曜の朝、「秋」は銀かな具の細巻きの
絹薄き黒の蝙蝠傘(かうもり)さしてゆく。
紺の背広に夏帽子、
黒の蝙蝠傘さしてゆく。

瀟洒にわかき姿かな。
「秋」はカフスも新しく、カヲも真白につつましく、ひとりさみしく歩み来ぬ。
波打ちぎはを東京の若紳士めく靴のさき。

午前十時の日の光、海のおもてに広重の藍を燻して虫のごと
白金(プラチナ)のごと閃けり。
かろく冷たき微風(そよかぜ)も鹹(しほ)をふくみて薄青し。
「秋」の流行りの細巻きの
黒の蝙蝠傘さしてゆく。

日曜の朝、「秋」は匂(にほ)ひも新しく。
新聞紙折り、さわやかに衣囊(かくし)に入れて歩みゆく。
寄せてくずるる波がしら、濡れてつぶやく銀砂の、
靴のつま先、足の先、パッチパッチと虫も鳴く。

「秋」は流行りの細巻きの
黒の蝙蝠傘さしてゆく。
                  


   
角川文庫「白秋詩集」 北原白秋 角川書店 昭和48年



          10 月 の 詩


     南部牛追い唄     岩手県民謡


田舎なれども サーハーエ
 南部の国はヨー
西も東も 金の山 
コラサンサエー

さても見事な サーハーエ 
 牛方浴衣ヨー
肩に籠角 裾小ぶち 
コラサンサエー

今度来るとき サーハーエ 
 持て来ておくれ
奥の深山のなぎの葉を 
コラサンサエー

江刈 葛巻 牛方の出どこ
いつも 春出て 秋戻る





      9 月 の 詩
                  
   甘たるく感傷的な歌

        

           立原 道造
          


その日は 明るい野の花であった
まつむし草 桔梗 ぎぼうしゅ をみなへしと
名を呼びながら摘んでゐた
私たちの大きな腕の輪に


また或る時は名を知らない花ばかりの
花束を私はおまへにつくってあげた
それがなにかのしるしのやうに
おまえはそれを胸に抱いた


その日は過ぎた あの道はこの道と
この道はあの道と 告げる人も もう
おまへではなくなった!


私の今の悲しみのやうに 叢には
一むらの花もつけない草の葉が
さびしく 曇って そよいでゐる


   「立原道造全集 第三巻 萱草に寄す」 1969年 角川書店 


         8 月 の 詩
                  
   慈 し み -スッタニバータ-

        

          ブッダの言葉
          中村 元 訳


目に見えるものでも

見えないものでも

遠くに住むものでも

近くに住むものでも

すでに生まれたものでも

これから生まれてこようと欲するものでも

一切の生きとし生けるものは

幸せであれ


      「仏教の生活」 巻頭言 平成23年度 お盆号




          7 月 の 詩
                  
      MOTHER -母-

        

          ザ・ビートルズ
          羽切美代子 訳



誰のものなの かあさん誰のもの
優しい胸が欲しい
子供たち
わたしを欲しくないなら
別れのことばを さようならかあさん

誰のものなの とうさん誰のもの
おおきな手が欲しい
子供たち
わたしを捨てていくなら
別れのあくしゅを さようならとうさん

誰のものなの 子供は誰のもの
ふたりの愛が欲しい
いつだっておなじ
わたしの悲しみ二度と
知らずに過ぎて さようなら子供たち

かあさん いかないで
いかないで かあさん

とうさん もどってきて
もどってきて とうさん

かあさん いかないで
いかないで かあさん

とうさん もどってきて
もどってきて とうさん



   
『ビートルズ詩集2 世界の果てまでも』新書館  1973年




   

           6 月 の 詩
              
     

     わ か 葉
        


          松永 みやお


あざやかな 緑よ
明るい 緑よ
鳥居を つつみ
藁屋を かくし
かおる かおる
わかばが かおる


さわやかな 緑よ
ゆたかな 緑よ
田畑を うずめ
野山を おおい
そよぐ そよぐ
わか葉が そよぐ




   
『日本の詩歌 日本歌唱集』中央公論社  1973年





       5 月 の 詩
              
     

     五 つ の 湖
        


          金子 光晴


五つの湖が
ふじをめぐる。

山中湖は鶺鴒
霧のなかの
軽い尾羽。

額縁みたいな河口湖。
樹海のふところから取り出した珠。
明眸の精進よ。
妬みぶかそうな、秘めやかな西湖。
そして、無の湖、本栖湖よ。

五つの湖が
ふじをみあげる。

芒からのぞく
雪の額。

緒が切れて
裾野にこぼれた五つの珠。

五つの湖がしぐれると
ふじはもう、姿が見えない。

移り気なふじよ。
雪烟にかくれまはり
つゆっぽい五つの湖と
ふじは心の遊戯をする。

五つの湖を
めぐりあるくふじは
どの鏡にもゐて
どれにも止らない。



   
現代教養文庫 591『友へ贈る山の詩集』 社会思想社  1983年



          4 月 の 詩
              
     

     漁 業 の 歌
        (明治29年)


          中村 秋香


見渡す限り遥ばると 海原うずむ漁業船
獲物を祝う声声は 天を揺すりて空かきくもり
海を動がし 波ひるがえる
あな ここちよや 勇ましや


見渡すかぎりはてもなく 浜辺に築く魚の山
この山こそは我が国の 富国の礎 利民の基
茂木立木の何たぐいぞは
あな とうとしや めでたしや



   
『日本の詩歌 別館』中央公論社  昭和47年年



                   

             3 月 の 詩
              
     

   耳に響く音楽は美しい


      ジョン・キーツ(英)
      出口 保夫 訳


耳に響く音楽は美しい、
だが耳に響かない音楽はもっと美しい。
さあ その静かな笛を吹いておくれ。
人の耳にでなく もっとしんみりと
魂に、音のない音楽を吹きならしておくれ
美しい若者よ、おまえはこの木々の下に、
おまえの音楽をやめることが出来ぬ。
木々はまた 永遠にその葉を落とすこともない。
大胆な恋人よ、おまえは とてもとてもキスはできない、
もうひと息だけれど 嘆かなくともよい。
おまえの幸せが届かなくとも 彼女は萎れはしないから。
おまえが永遠に愛しておれば 恋人もまた永遠に美しい。


   
『愛と夢の英詩集』講談社文庫  講談社  2002年





                      

                  
                2 月 の 詩
              
     

   ペ チ カ


           北原 白秋



雪の降る夜は楽しいペチカ
ペチカ燃えろよ お話しましょう
むかしむかしよ 燃えろよ ペチカ

雪の降る夜は楽しいペチカ
ペチカ燃えろよ おもては寒い
栗や栗やと 呼びます ペチカ

雪の降る夜は楽しいペチカ
ペチカ燃えろよ じき春来ます
いまに楊(やなぎ)も 萌えます ペチカ

雪の降る夜は楽しいペチカ
ペチカ燃えろよ 誰だか来ます
お客様でしょ うれしい ペチカ

雪の降る夜は楽しいペチカ
ペチカ燃えろよ お話しましょう
火の粉ぱちぱち はねろよ ペチカ



   
『日本の詩歌 別巻』 中央公論社  昭和47年

                           
        

                  1 月 の 詩
              
     道  程




             高村光太郎



   僕の前に道はない

   僕の後ろに道はできる

   ああ 自然よ

   父よ

   僕を一人立ちにさせた広大な父よ

   僕から目を離さないで守ることをせよ

   常に父の気魄(きはく)を僕に充たせよ

   この遠い道程のため

   この遠い道程のため



     
高村光太郎詩集 旺文社文庫 旺文社 1980年