記憶の夏

   赤とんぼ ―清春村へ― 



              清水 みどり


母さんのふるさと 
白壁の家
ふじ色の明るいパラソルをさし
蝉なく深い森をくぐり
木の葉丸めて掬い呑む
甘い湧水の山の道を辿り
天井の高い大きな家でいく日か
夏の日を過ごし
ボーイスカウトの歌声に
夕暮れれば蜩も歌っていた
私の六歳

白い木綿の帽子に
赤とんぼが戯れ止まったのを
思い出しているけれどもう
かあさんはいつの間にか
小さく小さくなってあの長い
ふるさとへの山道を
パラソルをさして軽やかに
歩いてゆくことはありません



          




     東の庭のハンモック


                清水 みどり

むかし 風が流れた
大人たちの昼下がり
寝息ばかりの家の中

キャンデー売りの鐘の響く
夏は明るく青く 何時も花の匂いがした

油蝉たちの啼き声の響く午後の庭で
木漏れ日に揺れたひとりの
ハンモック

木立ちと空 空と雲
雲は流れ
風が流れ
人は去り
夏は去り
おぼろに重なり薄れながら
積もるいくつもの
遠い夏よ

土蔵に眠る
稚ない文字の絵日記のように
おぼえていたのは水玉のスカート
木綿の夏帽子 ビニールの白いサンダル

東の庭
槙、楓、ヒバ樹木香る
木立の中のハンモック
ゆらゆらと
揺れ揺れ遠のく
もう届かない記憶
もう届かない記憶

           詩集『黒猫』より



TOP