夏  蝉


                         清水 みどり


甕にいけた白い百合に
夏の残像がある
黒アゲハ蝶と白い百合と朱い花粉は
いまもひときわ鮮やかな心の中の絵だ

百合の朱の花粉に
叔父の真白いワイシャツが見え隠れた花の庭が甦る
山麓の村に遠い都会を運んだ叔父は
生まれた家での長逗留を楽しんだが
シャツに花粉をつけた といつもいつも妻に叱られ
うんうん と黙って
謝っていた毎夏の台詞を みんな黙って聞いていた

教育の道を歩み子供はないふたりは
二十数年前 相次いで世を去った
律儀で不器用だった 叔父の人生 
粋を愛した懐かしい日々
花々咲きそろう夏の日本列島は 
家々は還ってくる人々の想い出に埋まる 
 

夏蝉はなぜ鳴くのか
蝉はさいはての半島のイタコのように
短い間にたくさんの声を運ぶのだから
あんなに騒ぎ 啼くのだろうか

夏― 
青い空 ひろがり 花の匂いは濃いが
いかんともあの日の夏は 入道雲のように遠い






               (2005  July)

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